幕間 ある日うっかり戦闘機に轢かれた可能性
夢うつつ。
「やあやあマイカよ、私の可愛い可愛い息子よ。どうもお久しぶりです、性懲りもなく私が会いに来たよ来ましたよ」
やあ母さん、1カ月以上ぶりのような気もするし、実際は7日の間すらないような気もするけれど、とにかく久しぶりだね。こうやって会うのは何度目だったっけ?
「さあ?数えてないや、数えたくもないし。まさか君はわざわざ、こうして私と重ねた逢瀬をちまちまと計算していたのかい」
そんなわけないだろ母さん、俺が数を数えるのがすんごく苦手だって知っているだろ。
「そうだったかしら、そんな気もするわね。どっちでもいいわ、何にせよ数えてなくて良かった。とても安心したわ、危うく君を心底、夏の日差しに干からびたミミズと同じくらい、気持ち悪いと思う所だったわ」
むしろ今まで思っていなかったことの方が、俺にとっては驚きだよ。桃の木と山椒の木を植林したくなるよ。
「まあいいや、驚愕なんてしても意味がない理由もない。そんな事より君はまーた意識を失ったのかい?これで何度目だよ」
だから数えてないって。
「そこは数えなさいよ、ほんと役立たずなんだから。全く能無しなのは薄々気づいていたけれど、それにひ弱まで重なるとは思いもしなかったわ」
だってしょうがないじゃないか、睡眠薬を盛られたんだから。睡眠のための薬を飲んだら、あとには眠るしかないじゃないか。
「盛られたっていうか、ほぼ自発的に服用したようなものだけどね。あれは失笑しかできない」
やめてくれよ母さん、俺だって恥ずかしいんだよ。
「ごめんごめん、お詫びに素敵なことを教えてあげよう。これからの生活にきっと役立つ」
いらないよ。
「猫ってのはね」
無視かい。
「舌ではなく鼻で温度を感知するんだ。人間だと暑いコーヒーを飲めない人のことを猫舌って言うけれど、実際のところ猫自体が舌で温度を感じていない所に、なんとも言えない面白味を感じないかい、マイカよ」
うーん、別に何とも。猫じゃないし、猫舌でもないし。
「人間以外の獣にも言えることかもしれないが、猫の鼻はそれはそれはとても優れている。たとえ舌を使わなくとも、温度0.5度の違いを判別できる鼻の機能が補ってくれる。素晴らしいと思わないかね?」
そうだね、母さん。
「…」
…。それで?
「ん?何が?」
いやだから、それで何が言いたいんだよ。
「何も言うつもりはないよ、ただ何かができないときは、他のものを利用すればよいのかなって。ただそれだけ」
何だよそれ。
「つまり君は視野が狭いのさ」
何だよそれ、意味わかんねーよ。
「おっと、苛々するなよ。本当に君はすぐに起こるんだから。そんなんだから友達もろくに作れないし、トラックにも轢き殺されるんだよ」
それとこれは関係ないだろ。
「せめてトラックじゃなくてさ、牛とか馬とかイーグルとかラプターとかだったら、もっとオリジナリティーがあって面白かったのに」
人の、それも息子の生命の終わりに面白味を求めないでくれよ。それに現代日本の普通の町中の道路に動物を使用した移動方法は限りなく珍しすぎるよ。後半2つに至っては、えーと、鳥?
「まあ、大体鳥に近いかな、空飛ぶし」
そんなのにどうやって轢き殺されるんだよ。
「この世界に不可能は少ない、血のかわりにオイルを、骨のかわりに金属を搭載すれば、何だってできるさ」
動物っていうか、生き物ですらないような。
でもそうだな、何でもできるなら、俺が生きていた事実も消してもらえるかな。そうなったらいいな。
「どうしてそう思うんだい?」
そうすれば母さんも、俺のこと忘れてくれるだろ。
「それはどうかな、悪いが私は記憶力は良い方でね」
計算もできないのに?
「大人にはいろいろあるのさ」
大人かあ、俺は大人には、っていうかまともな子供にすらなれずに、人生終わっちゃったなあ。
「元気出して、ほら、面白い話聞かせてあげるから」
本当に何時も唐突だね母さんは、いらないよ。
「まあまあマイカよ遠慮なさらずに、遠慮は自分をこ」
こ、その次にくる言葉は聞こえなかった。聞こえなくて良かった、彼女の口からその言葉はあまり聞きたくない。
幕間の終了と共に、後半部分の開始です。