ぐっとないと
眠いのね。
「何が欲しいですか」
「うわあ?」
ソルトの声と同時に、ムクラは驚いた。瞼を閉じて視線を巡らすと、彼の元にソルトの姿が出現していた。青年は耳を真っ赤にし、長い爪で鼻を掻いている。
「何が飲みたいですか」
「こっ、ココココ」
「コ?」
コケコッコー、なんちゃって。
「コウコウ、ください。冷たいやつ」
「こうこう?」
聞いたことのない名前の飲料に、つい呆けた声が出てしまう。コウコウって何だ?
「高校のことか?」
「いやいやいや、違うよ」
俺の声を聴いていたムクラが、少し面白そうに否定をする。すると彼の座席の一部が変形し、例の管が伸びてきた。ソルトが早くも飲み物を用意したのだ、コーヒーの時より3分の1の時間もかかっていない。
「ほら、これだよ」
ムクラは俺が何処かから見ていることを理解しているのか、コップの中身を見せようとしてくれる。爪で器用に蓋を剥がすと、中の液体が露わになる。それは濃い茶色の、甘い香りのするとろみのある…。
「ココアか!」
「ご名答!そうとも言う」
ムクラは俺の視点とは別の方向に笑いかけ、「いただきまーす」とアイスココアを口に含んだ。
ココア…、巨大魔法兵器で飲めるアイスココア…。もしかしたらマジックポイントが回復する特別なココアなのか?でも普通のおいしそうなココアにしか見えないな。次は俺もそっちを頼もう、やっぱりコーヒーは苦すぎて苦手だ。
ぼんやりとどうでもいいことを考える。なんだか眠くなってきた、気付けに温いコーヒーを摂取しても眠気が募るばかりで、眩暈までしてきた。
「ふあ」
堪らず押し殺した欠伸を一つする。
「おやおやヤエヤマ君、お疲れのようだね」
耳ざといウサミに気付かれ、すぐ後に配給管が伸びてきた。引出しを開けると、中からラムネみたいな粒が出てくる。摘まんでみると小石のように硬かった。
「何ですか、この白いの」
「砂糖の仲間だよ、グラニュー糖的な。珈琲に混ぜて飲むと甘くて美味しいよ、元気になるよ」
「…はあ」
何ともいえないくらい、怪しすぎる言葉の連なりではあった。通常の健康な状態であったならば、適当に愛想笑いでもしてラムネ、らしき物体を放置できたかもしれない。
しかし眠気とはかくも恐ろしいものだ、正常な判断がまるでできない。男性の発する胡散臭い説明文すらまともに聞いていなかった俺は、特に思考することも無く物体をコーヒーに溶かして飲みこんだ。どうしようもなく疲れていたのだ。
「ぐほ?」
時はすでに遅かった、俺は盛大にむせる。せっかくの香ばしさをすべて否定するがごとく、奇妙な味が舌を支配した。
「半分に砕いて使うんだけど、その様子だと全部入れたみたいだね。超ウケる」
ウサミがうすら寒い一発ギャグを見たような半笑いをした。
「これは、…一体。何を…」
「睡眠薬、僕の愛用品」
薬品の効用で舌がもつれる俺に、ウサミは淡々と告げる。
「このままだと多分、地上生産所まで移動するからね。寝れるときに寝てほしいという、オッサンの心遣いだよ。喜んでね」
他人に薬を盛っておいて、なんという言い草。ていうか、普通に犯罪レベルだろこれ…。
いろいろと言いたいことはあった。しかし眠気には勝てなかった。暇の夢の国はすぐ目の前だ。
おやすみなさい。
常に睡眠を大事にしたい。