移動中は信憑性が低い
「いいねえ、僕ももらおうかな」
ウサミがわざとらしく物欲しげな声を出す。明るめの声に混じって、ハンドルやレバーを作動する音がかすかに聞こえてくる。
早くも自分用のコーヒーの最後の一口を飲んでいたソルトは、ごくりと喉を鳴らして姿勢を正した。
「ええっと、操縦士さんですね。何をお飲みになりますか?」
気を抜いていたのか、若干どもりがちの口調になっている。
「何があるかな」
「あの、珈琲…」
「珈琲そんなに好きじゃないから、違うので」
「あっと、では紅茶とかは」
「うん、それでよろしく」
ウサミは操縦をしたまま、簡単に注文をした。
猫舌気味の俺はゆっくりとコーヒーを啜りながら、ソルトがティーバックらしきものを取り出すのを、瞼裏で眺めていた。狭い割には準備の整っている給湯室、そんなのを備えている兵器、その中で飲む少女の淹れたコーヒーは言葉にしきれない程の味わいがあった、気がする。
それにしても。
「緩急激しいなあ…」
コーヒーの苦みが、盛りのない黄昏れじみた感情を引き起こしてきた。改めて一日に、この世界が24時間で日を刻むことを仮定して、今日のみで起きたことすべてが、繋がった時間の中に存在する物事だということが信じられない。巨大で不気味な怪物に食らいた時に、口の中に広がった鉄の味とコーヒーの酸味が、不愉快な連鎖を結ぼうとしてくるので、慌てて振り払う。
「どうも緊張感が足りないって感じだね」
ウサミがにやついた口調で指摘してくる。誰に聞かせるつもりでもなかった本音の呟きを、聞かれていた気恥ずかしさが血液を熱くする。今更だがこの部屋の通信機能はどういった条件で繋がっているのか。
「しょうがないよね、ついさっきまで大乱闘していたのに、今はよく解らんブレークタイム一服してんだし」
いったん言葉が止まって液体を啜る音が響く。紅茶を飲んでいるのだ、アイスなのかホットなのかはさすがにわからない。
「この世界が創作だったら、尺伸ばしもいい加減にしろって感じだよ」
ウサミ自身も小声で、誰にも言うつもりもない呟きを吐く。
「でも文句を言ったって、バルエイスは1ミリだって縮まないけどね」
「いったいどれだけの広さがあるんですか」
別に対して興味はないのだが、会話の種として聞いてみる。
「さあ、僕もそこまで詳しく知らないや」
決して投げやりでもなければ、重みがあるわけでもない回答が返ってくる。
「ただ、ヤエヤマ君が華麗に舞い踊ったアラジステム市は割と古い歴史のあるところで、バルエイス内でも割と下層にある、それはそれは安全な街なのさ」
何とも嘘くさい説明だった。