瞬間移動はしない
びっしり。
「届きましたかあ?」
のんびりとした声色でソルトが聞いてくる。
「うーんー」
こちらもつられて返事とも疑問とも取れない、間延びした声を出してしまう。
ソルトは胸を撫で下ろした。
「よかった、配給管もきちんと機能してますね」
「はいきゅう、かん?」バレーボール?
「書いて字のごとく、物資を届けるための管ですよ」
少女はもう一杯コーヒーを作り始めた。今度は先ほどよりもより気楽そうな様子で、手際よくスピーディーに用意をしていた。心なしかお湯もなだらかに注がれている気がする。
「物を届けるって、もしかしてテレポーテーション的な機能が?」
期待を込めて質問してみる。
「いえいえ」
ソルトはやんわりと否定した。
「そんな大層なものではありません、普通に移動させているだけですよ。ほら、血管をイメージしてください。その中を流れる血液みたいに、珈琲を貴方の元へ届けたのです。目視することは難しいですが、この兵器にはその他様々な用途のための連絡管が、それはもうびっしりと張り巡らされているのですよ。いやあ、便利ですねえ」
「そう、ですねえ…」
妙に発音の良い説明に、ただ思ったことしか返せなかった。正直なところ期待外れではあったものの、それでも驚きの技術には変わりない。となると俺がいる部屋の壁、窓もない平坦な壁の中には、おぞましいほどの人口の管が張り巡らされているのか。そう想像すると、自然と毛穴が引き締まるのを感じた。
「とりあえず、いただきます」
ちょうど気分が少しばかり落ち込んだので、程よくソルトお手製のコーヒーを味わう。コップは蓋に密閉されており、見た分では一滴もこぼれていない。開け方に少し迷ったが、指で軽く圧力をかけたら蓋が変形して、太めのストローのような形状になった。
不思議がる暇もなく、急いでストローを咥える。熱々だと思っていた中身は、意外にも程よい温度になっていた。これならストローで吸い込んでも火傷はしない。
液体が口に入る。舌に広がる苦味、その中にほのかな酸味が顔をひょっこりと出す。
ごくん。喉を上下させて飲み込むと、胃の粘膜を通して腹部に充実感のある暖かさが広がった。
「美味しい」
ごくごく単純で純粋な感想が口から溢れ出した。味覚が賞賛の感情を掻き立てる。
「すごい美味しいよソルト」
喜びの溜め息とともに、正直なお礼を少女に言った。
瞼の裏の風景でソルトは嬉しそうに、そして恥ずかしそうに微笑んでいた。
「有難うございます」
そして自分のコーヒーを満足そうに一口飲んだ。
血管じゃなくてリンパ管でもよかったかもしれません。