口に入れるもの
あつあつ。
その中は暗く、少し奥まった所に大きな袋が置いてあった。ソルトはそれを重そうに引き寄せる。袋の中には、小さな黒茶色の粒がたくさん詰め込まれていた。
彼女の嗅覚を介して、俺の鼻腔に芳しい香ばしさが漂ってきた。この匂いはよく知っている、職員室とかで嗅いだ匂い。コーヒー豆だ、袋の中身は山ほどのコーヒー豆だった。
ソルトは袋の中身を確認すると、いったん立ち上がって腰の高さにある引き出しを開ける。そして小型のスコップのような物を取ると、再び屈んで豆に突っ込んだ。
ビターチョコに似た豆がかき乱され、ざらざらと音をたてる。スコップ一杯ほど豆を取ると、流しの横に置いてあった装置の中へ迷いなく注いだ。
豆が注がれた装置はソルト、あるいはルドルフが両手でようやく抱えられるほどの大きさがあり、上部にいかにも回してくださいとでも言いそうなレバーがある。ソルトはそれの木で出来た取っ手を掴んで回す。
ごりごり、ぼりぼり、硬い物が砕かれる音が給湯室に響く。数回、回転を繰り返すと装置にある小さな引出しを開けて、砕いた豆を確認した。ソルトの白い指が細かくなった黒い豆を摘まむ。指先で粒を軽く揉み、粗さを触覚すると彼女は装置から離れた。
「えーっと…」
豆やスコップがあった場所とは別の、棚やら引出しから色々な物、主に白色の品々をまとめて用意してきた。
「ふふーんー」
何かの歌の一節を口の中で転がし、流しの近くに置いたのは清潔そうな紙コップだった。厚くてそれなりに丈夫そうなコップに、薄い紙製のフィルターを落としてセットする。軽いフィルターにはストッパーがあり、それがコップのふちに引っかかる。
「んんんーんん」
ソルトは歌いながら、フィルターに装置で砕いた豆を入れた。豆が水平になるように整えると、近くにあったポットを取り出す。
注ぎ口が細くて長いジョウロみたいなポットには、すでに熱湯の温度が伝わってくる。小さく丸い口から白い湯気も漏れていた。どういう仕組みで沸かしているのだろう?一体何時から?もしかして俺がこの兵器に乗る前から?
ソルトが少し重そうにポットを持ち上げる。そこの方で何か、意志が転がる音がからんころんと鳴る。
「ふぅ」
少女が一人、浅く息を吸う。豆のような緊張感が狭い給湯室に走る。ソルトは真剣な眼差しで、コップにお湯を注ぎ始めた。
最初は少量、熱に反応して粒がふつふつと膨らむ。その後緊張を解くことなく数回に分けてお湯を注ぎ、紙コップ内には黒く輝く液体が溜められていく。懐かしい、どこか焦げたような香りが漂う。
コップに液体が十分満たされると、ソルトはポットを近くに置いた。熱に気を付けて茶色く染まったフィルターを摘まむと、床に置いてあるごみ箱に捨てた。そして液体が冷めないうちにまたしても引き出しを探って、丸くて薄い物を取りだしコップに被せた。不思議な帽子を被った格好になったコップは、いくら振り回しても中身がこぼれないことを感じさせる安心感がある。
「できました!珈琲です!」
「おお…!」
彼女の嬉しそうな宣言に、俺は感嘆の溜め息を漏らす。温かい食材が他人の手で作られるのを見るのは、とても久しぶりのことだった。
ソルトがつかったポットには石が入っています。その石はある生物の肉体を、特殊な加工をすることによって生産されます。石は液体に浸けると熱を発し、それによって水が沸騰していたのです。
手ごろで便利ですが、水を使い切るまで熱いままなので、うっかり触ると結構酷く火傷します。