らしさなんて
らしくありたい。
改めて思わざるを得ないのだが、このバルエイスと言う地下空間は一体どれほどの広さを有しているのだろうか。少なくとも俺が元の世界で居を頂いていた町、あるいは市、はたまた県、それらよりはもしかしたら広いかもしれない、そう思えてくる。
ありえない、いまだわずかに残る常識が細々と訴える。しかし眼球が映し出す、ようやく慣れてきた黄色味の強い世界がその意見を否定し、現実をじっくりと組み込ませてくる。
俺と隊員達を乗せた巨大兵器は、兵器の体より広大な地下空間を、ただひたすら登り続けていた。ソルトが車を運転してくれた時に、アラジステムを訪れるために通った浮遊車両のための道。それをさらに拡大した、いわば大通りと呼ぶべき灰色のパイプ。空を飛べないと通ることのできない道を、兵器は飛ばずによじ登っていた。タイヤ、もしくは吸盤と呼ぶべきか、脚部に取り付けられていたらしい装置が、壁に密着しては乖離する音を心地よく周期的に刻む。
今兵器を動かしているのは俺ではない、俺はさっきからずっとすることがなくぼんやりとしていた。
兵器を操縦しているのはウサミだ。実際に姿を見ているわけではないが、聴覚の情報でなんとなく察することが出来る。
彼はとても気楽そうに、どこかで聞いたことのある、しかし聞き覚えのないメロディーの鼻歌を歌っていた。旋律の狭間に、ハンドルらしきものが操業される硬い音が混ざる。
彼の操縦によって妖獣は、先ほど商業都市アラジステムの門を通り抜け、車が一台も浮遊していない広い広い道路を蛸のように登り始めたのだ。
「できるだけ最短の距離と時間で、最上層に向かってほしい」と言うのがルドルフの要求。ウサミはそれに快く了承した。彼らしくなく、と言ってもただの俺の主観だが、張り切っていた。どうやら彼は若き隊長を、この短時間で彼なりに気に入ったらしい。何となく期待外れだ。
そこそこ年を重ねた男性が一人仕事を頑張っている端で、若者共は俺を含め皆暇を持て余していた。いや、何もしていないのは俺だけで、他の人は何かしらの作業にそれぞれ取り組んでいるとは思うが。それでも基本、兵器内でしかできないことに限定されてしまうのである。つまりあまり動けないのだ。
「ふあ」
気分のたるみが欠伸を引き起こす。取り込まれた空気、液体を介した酸素が記憶を呼び起こしてきた。
「ヤエヤママイカ、本当に体を動かせないのか?」
アラジステムの門をくぐる際、ルドルフが俺に聞いてきた。一瞬、俺の不甲斐なさに苛立っての言葉だと思ったが、それにしては穏やかすぎる言い回しだった。
何故だか分からないがひどく彼の期待を裏切った気がした俺は、一旦ウサミに操縦を止めてもらい、三度妖獣を動かそうとした。
ぎりりと歯を食い縛り体中に力を入れる。頭部に血液が登り、鼻の奥がじんじんと熱くなる。といったところで、
「いけません!」
ソルトが厳しく中断を求めた。
「これ以上は転生者様の体調に影響し、作戦が満足に実行できなくなります!」
彼女らしくない、気迫に満ちた報告だった。ルドルフもつい気圧される、そして決断を下した。
「わかった、転生者ヤエヤママイカ。貴様は有事に備え、体を休めておけ」
「いざという時に無イを倒せなかったら、困っちゃうからねえ」
ルドルフの命令に、ムクラが小声で補足したのがうっすら聞こえてきた。
らしくなんて。