浮遊せよホイール
マイカは新たな驚きを身に噛みしめる。
発端はソルトの
「もうすぐお昼ですね、せっかくだから外で何か食べましょう。転生者様は食べたいものありますか?」
という言葉だった。
「食いたいものかあ」
ここで「特に何もない、なんでもいいや」と言われるのが一番困る。と確かネットで読んだことあるなしかしながら本当に食べたいものはなかった。新しい環境に体が追い付いていない、目まぐるしく表れる不可解な出来事に食欲が追い付かない、要するに本音を言えば何もしたくなかった。だったらこのまま車で適当な所をドライブし続けるか、あるいは日光浴を実践してみる選択だってできたはずだった。それなのに口から実際に出てきた言葉は
「焼肉食べたい」
その一言だった。
「・・・」正体不明の沈黙が車内を包み込む。
あれ?あれれ? 俺そんなにまずいこと言ったかな?訂正しておきたいが、決してうわべだけのでまかせで言ったのではない。ここで目覚めて食事をした回数は10にも満たないが、それらすべての献立は謎の錠剤つき野菜中心白飯大盛りといった、江戸時代にタイムスリップしたかのようなメニューだったのだ。
いまさら思うのもあれだが、変わったメニューだったと思う。もしかしたら俺は、菜食主義を信条とする団体の建物にいたのかもしれない。
「わかりました!まかせてください」
俺が推察を重ねている間、ソルトは何かしらの決意を決めた。車のスピードを上げハンドルを回す。車窓の景色が流れ、銀色の建物がまばらになってくる。
「転生者様、区域越えをします。浮遊機関を作動させますから魔力酔いに気を付けてください」
「え、え、なんだって?」
「いけない!酔い止めを持ってくるのを忘れました」
酩酊感を及ぼす何かが始まるらしく、俺は歯を食いしばる。
「まあいいや、作動させます」
ソルトが運転席の横にあるレバーをがこがこと引く。
ぶしゅううう。空気が盛大に抜けるような音が鳴り響いた。車内に変化はない。しかし明らかに変わったことがある、振動がなくなったのだ。車輪が地面を走るときに発生すべき揺れがぴたりと止まった。車はそのまま進み、ある場所へと進む。
「門が見えてきましたよ」
ソルトがハンドルから片手を離して指差す。
そこに見えるのは、俺の心を高揚させるものだった。
ソルトが門と呼ぶそれはあくまでも普通、例えるなら高速道路の入り口にある料金所ととてもよく似ている、いたって普通の門だ。しかし決定的に違う門でもあった。通り過ぎようとする車は、みな一様に宙に浮かんでいるのだ。そして車は門の向こう、地面のない空間へ次々と飛び去っていく。
「なんだあれ・・・すげえ」
この世界で目覚めて初めての胸の高鳴りを俺は感じていた。
バルエイス共同保護区浮遊道路では、休日割引がされます。