とりあえずさようなら
出来れば二度と会いたくない、でもそれは無理ね。
怪物の肉体に浮遊力が与えられる。
「も、目的が上昇します!」
ソルトは悲鳴を必死に押し殺して、しかし驚愕を隠し切れないでいた。俺以外の兵器内にいる隊員が、彼女と似通った感情を抱いていただろう。
「wwaawwaa」
あんな超絶気持ち悪い生物、まともな神経をしていたら直視するだけで不安になる。だって、豚と人間と、蠅のキメラって…。あまりにも酷すぎる造形だ。まるで担担麺にショートケーキと蜂蜜をぶち込んだかのような醜悪さ。
怪物は怪物である存在意義を、何者かに訴えるかのように示していた。そしてこの地下世界から逃げようとしている。
ぶううぶううと、羽を震わせ、
「aagi*」
天井まで飛んだ。傷まみれで緑色の体を、アラジステムの天井、己が落下してきたところとは別の部分に、容赦なく押し付ける。
もはや俺の世界の常識では形容も理解もできない生物が、汗と鼻水を垂らして必死に体を潰す。その光景には言葉すら与えることが出来なかった。
「ヤバいよ…、あのままじゃ逃げちゃうよ…!」
ムクラが驚倒をし、しかし卒倒せずに堪えて言った。
「iiii!」
怪物は上昇を続ける。ついにその翅が、地下世界の頑強な空を、ぼきぼきぼきと突き破る。
「ああ、天井にまた穴が…」
霰のように落下してくる鉄パイプが、音楽を奏でる。音の中でウサミが、天井損傷による財政難を嘆いた。
玉コンニャクを炒めるような鼻息をだして、怪物は天井に挑む。突進は4回ほど繰り返され、5回目にはついに地下世界の天井を昇って行った。
怪物は去ってしまった。落ちてきたときと同じように、上る時も唐突であった。
「………っ!」
ルドルフは絶句していた、とりあえず俺も黙っておく。こんな時なんと言えば良い物なのか。
「…逃げちゃいました」
「そうだね」
呆気にとられているソルトに、ムクラが同調した。
「敵が居なくなったってことは」
俺は俺らしくなく、希望を述べてみる。
「今日のお仕事はお終い、かな?」
そういうことにしようぜ!
「終わってねーよ!あほんだら!!」
俺の甘ったれた望みは、ルドルフに一蹴された。そこまで怒ることないのに、なんてことは言わない。
「追うぞ!総員用意せよ!」
「あいあい!」
ルドルフの命令にウサミがすぐさま反応する。何か硬い部品が擦れ合う音がして、体が後ろに引っ張られる。
「よしよし、ハンドル権は残されていたみたいだね」
大して安心するでもなくウサミは呟き、俺に語りかけてくる。
「ヤエヤマ君、しばらく君の体を運転するけれど、よろしいか」
「あ、ええと」
体を運転するとはいかに。答える暇を与えず、操縦士はかってに意気込んだ。
「安心せよ若き転生者、おじさんの操縦は業界内でもぴか一だ」
巨大兵器を操縦する業界に馴染みがない人生を送ってきたので、そんなことを言われても分からない。ていうか、そういうことを自分でいう奴自体が、基本的に理解できない。
もちろんそんなことも言えやしないが。
後書きが思いつかない。