羽化
びりびり。
びりばりびりばりびりばりびりばりびりばりびりばりびりばりびりばりびりばりびりばりびりばばばば
たくさんありすぎる紙袋を、無造作に乱暴に破り捨てるかのような雑音が響く。その音は怪物の体から発せられていた。皆驚いて怪物の表面、背中の辺りを凝視する。
「haa-aaa++;;」
そこには大きくて長い、二枚の薄いガラス板らしきものが生えていた。板には細枝、あるいは毛細血管によく似た筋が張り巡らされている。
人工灯に照らされて光るガラス板。およそ怪物の臭い肉体に相応しくない美しさは、地球上に人の数より多く存在している、ある種類の生物が持つあれ、
「虫の翅」
そう、昆虫の翅そのものであった。透明なオブラートにも似ている透き通った翅、現実の哺乳類には似合わない翅。明らかに不自然な翅が、最初から体の一部であったことを高らかに誇示するように、背中から出現した。
「bee,bee,beeeeee####」
怪物が鼻を鳴らして翅をはためかせ始めた。全く持って短い間ではある。しかしその間に怪物はあっという間に翅の上下運動を加速し、透明な残像が出来上がる。残像は空気をまき散らし、乱気流を発生させる。
ぶううううん。怪物の体から、今度は翅音が発せられる。その音は腹の内をつつき、白質を直接逆撫でするような、酷く聞き覚えのある音だった。
「な、ななな、何ですかあれは!」
ソルトが未知の生物を見たかのような、そんな勢いで驚く。あれも何も、あの丸みのある体の割に大きめの翅、自然と嫌な気分になってしまう翅音、どう見ても
「蠅だね」
それにしか見えない。いや、全然違うけれども。だって怪物の顔面は豚だし、指の形は人間だ。もといた世界に生きている本物の蠅が持つ、厄介な迅速っぷりは怪物から感じられない。そもそも大きさが違いすぎるのだから、類似点を感じること自体おかしい。
なのに、それなのに。どうしても怪物の姿が、脳内で蠅と結びついてしまう。あんな醜くおぞましい生き物なんかが、蠅と同じであって良いわけがないのに。そもそも何でいきなり背中から羽が生えたのか。それもわざわざ善美の象徴ともとれる、昆虫の翅を生やしやがって。
なぜか段々、理由のない憎悪が芽生えていた。別にそこまで昆虫を好んでいたわけでもないくせに、無性に怪物の姿が許せない。俺は拳を握りしめて怪物を睨む。
指先から硬い物が擦れる音がした、爪が伸びていたのだ。
「!」
怪物が俺達を意識した。翅の力が限界まで強まる。
ばりばり。