異邦人は疑問を抱く、抱かざるを得ない
どっきどき。
分からないことを、程よく放置できないのは俺の困った性分であった。
「俺があれを殺すんですか?」
簡単なことを要求されると逆に不安になるのは、疑い深い捻くれ物の避けられない思考回路である。
「そうだ、巨大未確認生命体の生命活動を停止させる。それが貴様のこの世界においての役割であり、使命だ。」 ルドルフは異邦人の動揺など構うことなく、淡々と命令を下す。
「あんなのを殺すなんて…」
絶対にできません、とは断言できなかった。その意見を確言する資格があまりにも少なすぎる。なぜなら今しがた俺は、あの緑汁でべったべたになっている異形の怪物に元気いっぱいで襲い掛かり、そればかりか恍惚と喰らい尽くそうとしていたのだから。怪物が生存本能として繰り出した蹴りが無かったら割と、以下かなり本気で勢いのまま怪物を。
「ん、んんんん?」
俺が逡巡としていると、仕事をしていたムクラが何かに気が付いた。
「ちょいちょいちょい、何だあれ?」
「どうした、臨時」
唐突に大きめの声で慌てはじめたムクラに、ルドルフが怪訝する。
「ちょっと皆さん見てよ、無イの様子が変だよ」
彼はもうタイピングを止めていた。その目はビルに指を食いこませている怪物を見つめている。
「hu-hu-」
怪物は耳障りな呼吸をし続けている。相変わらず傷口からは緑色の体液が漏れていたが、凝固作用が働き始めたのか、体液はだいぶ凝り固まっている。藻屑みたいな塊が幾つもこびり付いていた。
「ありゃあ、何してんだ?」
ウサミが率直な疑問を述べる。俺には全く見当がつかず、答えてくれる者もいない。
「hui-!huhi-!」
怪物は手近にあったビルの一つに登り、しがみ付いている。その体には体力など感じさせないくせに、怪物は己の手足の力のみで巨体を支えていた。その姿に豚らしさはなく、人間らしさすらない。あえて例えるなら、羽化寸前の蝉によく似ていた、夜中の公園とかによくいる奴。もっとも怪物なんかに、昆虫の変態に伴う神秘性などなく、あるのはただただ腹立たしい気持ち悪さだけだが。
「また、じっとしていますね」
怪物の不測さに、ソルトは不安を隠し切れない。ムクラも自然と鼻息が荒くなり、その手にはきっとマウスが握られ、いつでも弾を撃てるのだろう。
怪物は体をくねらせる。まるで何かを振り払うかのように、あるいは内側からの衝動に悶えるように、胴体を波打たたせている。
一体何をしたいのか?ずっと思っていた疑問が、この瞬間に今一度鋭く強くなる。
「hhiiii-hiiii-hiiggggggggg%%%%%%」
怪物が渾身の力を込めて叫んだ。
わっくわく。