命令は何だろな?
命令が下される。
「馬鹿でもアホでも間抜けでも、なんでもいいと思うよ」
恐る恐る声を発したのはムクラであった。
「そんな事より、無イがまた動き出したよ」
彼の言う通りであった。肉の体を持つ怪物が、もはや誰もいなくなった時計塔付近で、灰色のビルに寄りかかっている。絶え間なく喘息する体からは、鮮やかな真夏の葉っぱみたいな傷が幾つもできている。他でもない俺が、自身の意志で刻み付けたものだ。体が動かなくとも、皮膚と肉の感触はしっかりと憶えている。
目的の敵が動き出したので、ルドルフが慌てて各自へ向けて指示を飛ばす。
「ととっ、とにかく、連絡が渡されるまで作戦を継続する。隊員は引き続き、転生者ヤエヤママイカのサポートをしろ」
不安定ながらもしっかりとした声色で、若き隊長は部下に命令を下す。
「臨時情報処理員は目的の動向に備え、魔力砲弾の構築を」
「うぃっす!了解っす!」
その声に若干の恐れを含みつつも、ムクラはやる気満々に返事をする。すぐさま彼の声が聞こえた方から、小気味よいタイピング音が奏で始める。
「操縦士殿は転生者の動作補佐を頼む」
「了解」
ルドルフの簡素な命令を、ウサミはシンプルに了承する。自分の意思で動く体を、ほかの誰かに補助してもらうことに、若干の違和感を覚える。しかし出来ることなら、冷静な人物のストッパーがある方が俺自身、そして機内の人物にとっても安心だろう。
ルドルフは実体の見えない隊員にも、真っ直ぐ語りかける。
「癒術士はそのまま、転生者と機体のバイタル管理に専念してくれ。頼んだぞ」
「はい」
ソルトは凛々しく返事をした。姿が見えないので実感がわかないが、彼女が色々管理してくれるおかげで、最悪の痛みを防げている。そんな感覚がぼんやりとあった、理屈はよく解らないけれど。
そしていよいよ、
「そして、転生者ヤエヤママイカ」
彼の言葉が俺に向けられる。一体何を命令され、何をすればよいのか?蠅の羽音のような不安の蝕み、そして複眼の艶やか輝きのような期待、それらが同時に喉を絞めつける。
「貴様の役割は」
「はい…」心臓が身構える。
ルドルフは言う。
「あれを殺せ」
それだけを言った、だだそれだけだった。
「へい?」
少なすぎる言葉に、つい呆けた返事をしてしまう。
「あれ、とはいったい何を」
答えなどとうに解り切っているくせに、格式ばった質問をする。せずにはいられない。
「貴様が先ほど攻撃した生物のことだ」
ルドルフは答えを、いたって真面目に伝える。
「無イ、あるいは巨大未確認生命体、もしくはモンステラだったか。それらの名が該当する、我々の視界に存在しているあれ。それを殺せ」
あれだとかそれだとか、あいまいな指示にもかかわらず、彼の言葉には明確な。
……なんだろう、やっぱよく分かんねえや。
今更な補足ですが、主人公が本能のままに攻撃したシーン。あの時機内の人たちはどうなっていたかと言うと、高性能の浮遊機関で最低下の身の安全は保たれていました。浮遊機関は前の話で登場した、飛ぶ車につけられていたものです。妖獣に搭載されているのは、それの性能をより向上させたもので、どんな衝撃でもある程度の安定性を保てます。それでもあまり激しく動くと、山道を走る車ほどの揺れはどうしても出てしまいます。ルドルフはそのせいで舌を割と強めに噛んだそうです。
以上、補足でした。