言い難い名前でもないのに
噛み噛み。
「お嬢ちゃんの言うとおりだ」
ウサミがソルトに賛同する。
「現状がいかに如何様に異常な状態であっても、何であれ我々は仕事を果たさなければならない。それが貫き通すべき信念で、突き詰めるべき使命だ」
まるで歌うかのようなリズム感で、ウサミは兵器内の若者共に改めて宣告する。
「さあ隊長よ」
この場においての唯一の中年男性は、歌の拍子の如く隊長に語りかけ、
「ご指示を」
冷徹気味に若いルドルフに指示を促した。その声には果てしなく真剣さが含まれている、生存をかけた生物のマジ具合が最初から最後までたっぷりと。
若き隊長ルドルフは本日何度目かの深呼吸を、じっくりと味わう。彼の呼吸音が俺の耳小骨を震わせる。
「転生者ヤエヤママイカ」
彼は俺に話しかけてくる。
「何でしょうか隊長」
俺は中身のない仲間意識で彼の言葉を待つ。ルドルフも人に対してでは決してない、冷たい感情を崩さない。
「ヤエヤママイカ、もうすでに貴様自身も気づいていると思うが、今フェアリーびぶちゅ…」
「びぶちゅ?」
いきなりの新単語、はたしてそれにはどんな意味が。
「フェアリービーストは!貴様の意志で稼働している。…っ」
どうやら何の意味もなかったらしい、ここは何も言わない方が賢明だ。
ルドルフは引き続き震える声で、しかし舌を慎重に動かすことを意識して説明を続ける。
「本来の規定では我々防衛隊のサポートによって、その、貴様の不備を補い、作戦を振興する、そのはずだった。極力戦闘を避け、出来うる限り安全に本部防衛隊のサポートをする。それが今回の作戦だった」
ルドルフは遥か下層に思いを募らせる。
「できるだけ被害を最小にし、そのうえで転生者の有用性を世間に訴える。そういった思惑があった」
そしてためらいがちに言葉を続ける。
「もっともそんなことは貴様には関係なく、伝えるべきでもなかったんだがな」
「それをどうしてまた、教えてくれたんですか」
理由など文字通り目に見えているが、あえて聞いてみる。ルドルフは引きつった笑いをこぼす。
「見ればわかるだろう、敵が予想以上に大きすぎて、あらかじめ決めていた作戦がすべて瓦解した。ただそれだけだ」
彼はからからに乾いた口内から掠れた声を発する。
「おまけに不動の兵器を個人の魔力のみで動かすような超人に、隠し事をしたって意味がない」
そこでようやく元の気丈さを振り絞る。
「不可解だ、実に不可解だ。報告では貴様は駆動適性に適合しなかったんだろ?なぜ今になって…」
彼は心底不思議そうに、まるで怪奇現象に出会った子供のように不可解さを溢れさせている。
そこで俺も疑問に思うことがあった。
「俺、テストなんて受けたっけ?」
試験を行った記憶など、この世界に来てからは一度もない、たぶん。
「あのほら、マイカさん」
ソルトが慌ててフォローを入れてくれる。
「貴方がここに来たばかりの時、大量に出血して大変なことになったじゃないですか」
「ああ、あれね!」
記憶がつながる、そういえばめっちゃ鼻血を出したな。なんだかずいぶんと昔のことのように感じる。実際にはほんの数日しかたっていないわけだが。
「あれがこの兵器のためのテストだったのか…」
鼻出血のイメージが何故か強くて、行為そのものの意味を深く考えてこなかった。自分の愚鈍さに改めて呆れる。
舌を噛むとすべてがどうでも良くなるほど痛いですね。