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最初から最後まで深呼吸

荒い息遣い。

 引きつった空気が喉を往来する、それは俺だけの呼吸音ではなかった。

「大丈夫か」

 全くとして大丈夫ではない、だが条件反射で無事を答えてしまう。といっても、腹の痛みで声など発せず、不鮮明な喘ぎしか返せなかった。

「とりあえず落ち着け、そして今すぐそれから距離を置け」

 近いようで遠い場所から聞こえてくるその声は男のもので、年齢の重ねを匂わせる冷静さが含まれていた。痛みに苦しむ俺は、特に何も考えずにその命令に従っておいた。

 拳から力を抜き、爪を肉から抜く。地に足を着けて2歩、3歩と後ずさる。

 まだ痛みの残る腹部を上下させて、荒れる呼吸を整える。ぜえぜえと空気を出し入れするたびに、薄い緑色に染色された唾液が口から零れ落ちた。

 吐き出される二酸化炭素の風圧が砂塵を巻き上げ、俺はその粒の一つ一つをぼんやりと見つめる。

 他から与えられる力によって、否応なく撒き散らされる砂の嵐。深呼吸を繰り返していたら、うっかりその砂をまともに吸いこんでしまった。

「げほ!げっほお!」

 異物に反応して激しく咳き込む。狭まった気道が喉を中心に体全体を硬直させ、涙が勝手に零れ落ち頬を伝う。べた付いた液体が皮膚を流れる感触、その温かさが霧散していた理性を集合させ蘇らせた。

 声の混じった深呼吸を一つする。

「落ち着いたか?会話は出来るか?」

 男が、ウサミが感情の見えない声で要求してくる。

「は、は」

 俺は上手く言葉を返せない。まだ息が十分できないことも関係しているが、それ以上に心理的な問題があった。心臓付近の血液が冷えて、胸を圧迫しているのを感じる。鼓動が警報ベルのような速さで鳴っていた。

 ウサミは安堵か呆れか、あるいは嚇怒でもしたのか深く息を吐く。

「できないなら言葉は返さなくてもいい、状況を確認しろ、今すぐ」

 返事をする代わりに、黙って目に映る現状の情報をまとめることを務める。

「hhihhihiiii」

 さっきまで美味しそうな肉だった獲物、ではなく巨大な怪物が、豚の顔面に埋め込まれた人間の眼球をひっくり返していた。体操服のような白目が、人工灯に照らされて光っている。偶蹄類の関節を持つ、人間によく似た4本の手足が、死にかけの昆虫みたいに宙を掻いていた。鼻から空気が漏れ、粘液を垂らしている。

「ああああ…」

 ようやく身体の機能が安定し、呻き声を絞り出す。

「俺は、一体何をしていたんでしょうか?」

 そんなことは俺自身が一番よく知っているはず、なのに理解することが出来ない。いったい何をしていたんだ?ものすごく楽しく、夢中になっていたのは確かなのだが。

「行為に意味を見いだせないなら、何もしていないのと同じだよ」

 ウサミがだれに言うでもなく呟いた。


息切れしようが続きます。

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