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顎はまさしく鰐の如くしかし鰐に非ず

液体を味わう。

 嗚呼もう駄目だ、我慢できない。俺は顎をがぱっと全開した。唇の薄皮が引き伸ばされ、口内の粘膜が風を受けてひんやりと乾く。

 情熱的なキスをするように、口を獲物の皮膚に触れさせる。がぷり、肉に牙を突き立て、全身全霊で顎を閉じた。

「aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」

 牙が筋肉に従って皮膚を圧迫し、皮下組織に侵入する。牙によってできた穴の隙間から、とろりとした温かい体液が漏れ出す。

 外部からの損傷に一瞬反応できていなかった体は最初、湧水のように液体をこぼす。そして間を置くとようやく血液が巡ってきたのか、どばどばと勢いよく溢れはじめた。

 雨上がりの鉄棒に触れた手に、よく似た匂いのするその液体は、瞬く間に口腔内を満たして舌を包み込む。あまりの量にむせ込みそうになるが、必死に耐えた。味蕾が呼吸通路の確保を全力で拒否していた。

 息をするために、この液体を吐き出すなんてしたくない。この味のためならば、窒息したって構わない。

 だってもう、なんだかものすごく美味しい。ベリーベリーデリシャスだ。生ものらしい血生臭さは、確かに吐き気を催す。だがそれを圧倒するほど、小気味よい塩味と穏やかな甘みが調和を奏でている。

 人体に程よい温度の中で、旨味が舌の上に出現し喉を快く下降する。残された味覚の残滓が、脳を蕩けさせ欲望をより強く募らせた。念願の補給を施された消化管が歓喜に震え、栄養を得るために活動を開始する。

 なんてこったい!こんなにも美味しい物がこの世界に存在していたなんて。汁だけで感動したのは生まれて初めてだ。これは肉を食べたら、一体どんな喜びが待っているんだろう。

 早く、一刻も早く、快感に身を沈めたい。俺はより強く肉を噛む。だけどこのまま液体を味わい続けるだけでも。いや、やっぱり食らい尽くしたい。

 だけどそんなことしたら

「避けろ!」

 大人の声が唐突に響いた、ひどく慌てた声だった。耳だけならその警告を拾えたが、しかし肝心の体の方は食事に夢中になっていて、反応速度が遅れてしまった。

「ぐっ」

 腹部に衝撃が走る、内臓にまで浸透する嫌な圧迫感。それは一回に留まらず、容赦なく連続した。

「おええ」

 急激な腹部への攻撃に、嘔吐反射の混ざった激痛が全身を駆け巡る。このままでは本当に生命が脅かされると、堪らず肉から口を離す。

 唇からぽたぽたと、まだ温かさの残る液体が滴り、顎に緑色の筋を作って地面に落ちた。

 俺は翡翠色の斑点を、痛みに苦しみながらぼんやりと眺める。

お腹は大事にしないと。

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