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少年の願いはかなわなかった

はじめまして、初投稿です。わからないことだらけなれないことだらけで緊張しました。

駄文ですが楽しんでください。


「や……」

「や?」

「やったああっ!成功だあああっ!」

 意識を取り戻して最初に耳に届いた言葉は喜びの言葉だった。


「というわけでですね、貴方は我々の世界を救ってくれる勇者様なのですよ」

 なにが「というわけ」なのだろう、まったくもって意味が分からない。だが目の前の、つやつやとした机の向こう側にいる出っ歯の男は、俺の当惑など知る由もなく話を続ける。

「現在バルエイス共同保護区は未曽有の危機にさらされています。大気圏外に出現する時空間裂傷より発現した巨大未確認生命体、無イ」

「ナイ」 

 唐突に始まる意味不明な専門用語の羅列に頭が混乱する。ええとなんだって?内?それとも亡い?なんにせよずいぶんと無機質な名前だ、命名主は相当センスがない。

「そうです、奴ら無イによって私の種族も多大な損害を負わされましたよ。奴らは強大な攻撃力を持っています。忘れもしません、あの日ことは・・・。失礼、話を戻しましょう」

 あらわにした感情を男はあわてて覆い隠した。

「無イとの戦闘に勝利することは、我々にとって積年の夢であり希望であり目標でした、いえ生きがいとも言えるかもしれません。しかし」

 男は窓の外、暗い景色を見やる。

「無イは、奴らはとてつもなく獰猛で、残忍で、狡猾です。まったく、本当に忌々しい存在です」

 一通り独白を吐いた男は、そこで一息とお茶と思わしき液体を口に含んだ。その隙を見計らって俺は言葉を切り出す。

「あの、それで、ここはいったい。俺はどう関係しているん、ですか」

 言いたいことも聞きたいことも山のようにあるはずなのに、頭は排水のごとく混濁し舌は硬直する。

「おお、そうですね、一番重要なことをお教えせねばなりませんね。さすが転生者の方はお話が早い」

 心にも思っていないであろう褒め言葉を、男は少しばかり脂ののった腹の中からつらつらと転がし出す。

「要するにですね、貴方には戦っていただきたいのです」

「た、戦う?何と?」

「ですから無イとです。奴らの駆逐には貴方の力が必要不可欠なのです」

 男はおもむろに座っていた椅子から立ち上がり、舞台役者のように腕を広げる。

「バルエイス共同保護区防衛軍が所有する、多機能式防衛兵器フェアリービースト。それが駆動するには貴方の、転生者の存在が必要なのです」

 男は普通の人間にしては大きすぎる前歯からしいしいと息を漏らし、およそ人間らしくない丸くて薄い両耳をぴこぴこと震わせた。そして俺の方を見る。

「貴方は世界の希望なのです」

 美しくきれいに整えられた言葉で、一方的な会話は幕を下ろした。清潔な言葉とは裏腹に、男が俺に向けてくる視線は暗く沈み、抑えきれない好奇でねとねとしていた。俺は知っている、この男はさっきからずっと俺自身の存在など一瞬だって見てはいないのだ。慣れきった感覚だった、ゆえに腹が立つ。怒りが脳を活性化させ、記憶領域が目覚め始める。

「ちょ、ちょっと待ってくれ、ださい」

 俺は柔らかい椅子に座ったまま記憶を抑えようとする、だが止まらない。まぶたの裏に数々の場景が現れては消える。

「いきなりそんな意味不明なこと言われても、訳が分からない、ですよ」

 両手を強く握る、人工的な照明に照らされて皮膚が赤く隆起する。

「ええ、ええ、そうでしょうとも、お気持ちはよくわかります。ですがご理解ください、状況は一刻を争うのですよ。なに、貴方の身の安全は私どもの研究所が保障します」 

 男は口からちちっと音を鳴らすと困った表情を作った、同情心を逆なでする顔だった。普通だったら苛立つのだが今はそれすらも難しかった。心臓が激しく脈打っている。

「俺は、そうだ。俺は死んだんだ」

「つきましては貴方の身体検査をしたいのですがね。そんな怯えなくても、普通の検査です。多少体に負担はかかりますが」

「死んで、車にひかれて、逃げて」息が苦しくなる、これ以上は思い出したくない、だけど止まらない。

「同意のあかしとして、こちらの書類にサインを」

「逃げて、逃げて、逃げて逃げて逃げて。なんで逃げた?」

 どうして諦めたのか。

 記憶が閃いた。心臓を杭で打たれるがごとき衝撃が背骨を貫く。喉が渇いて呼吸するたびに痛みが走る。傍から見れば俺は突然、死の呪いとして心臓を止められた人間に見えるかもしれない。しかし残念なことに当の本人は死の救いを与えられることなく、徐々に回復し呼吸を取り戻した。その一連を男は無関心を徹しだが好奇を抑えきれず観察していた。

「大丈夫ですか?」

 大丈夫なわけがない、脳はすでに記憶を受け入れたが、心臓はいまだ暴れているし喉の渇きは秒ごとに増している。だが男はお構いなしに要求を突き付けてくる。

「大丈夫ですか?大丈夫ですね。ではこちらにサインを」謎の文字群が書かれた紙を差し出す。

「なんだこれ・・・」死ぬことはできないが、発狂は許されたらしい、文字が読めない。

「ん?どうかしましたか?・・・あ、もしかして言語が理解できていない?」

 俺の当惑に目ざとく気が付いた男が、困った顔になる。今度のは心身のこもった表情だった。

「なんということだ、言語組み換えプログラムには問題なかったと報告されたが」などともごもごつぶやいた後、再び白々しい顔に戻る。

「誠に申し訳ありません、私どもの方に何かしらの不手際があったようです。いえ、安心してください、早急に対処いたしますので」

 言葉をどうこうするようなやり取りに安心もクソもないだろう。詳しく問いただしたいところだが、今はそんな気力も体力もない。とにかく一人になりたかった。

「あの、名前の文字だけ教えてください」それさえ書けば何とかなるだろう。

「え?ああ、なるほど」男も俺の考えを察したらしい、これほど嬉しくない以心伝心もそうそうあるものではない。

「ではあなたの名前を教えてください」

「俺の名前は」名前は忘れなくてよかった。

「俺の名前は八重山麻衣佳」

「ヤエヤママイカ、ですね。良い名前です」

「ありがとう」イントネーションが微妙に気になったが無視してペンを握ろうとしたら、男に遮られた。

「ああ、私が書きますよ」

 こういうのは本人が書くことに意味があるんじゃないのか?とも思ったが反抗する気も起きず言われたままにする。

「はい、あとはここに拇印を押してください。はい、ありがとうございました」

 俺の名前らしい記号の羅列と赤い指紋が刻まれた紙切れを携え、男は机から離れようとする。

「お手数おかけしました。それでは私は検査の準備等々がありますのでこれにて」

 男は丸くて薄い大きな耳をぴこりと揺らすと、先ほどのやり取りの間中ずっと立ち続けていた図体のでかい警備員に目配せをする。ようやくこの場から去ってくれるらしい。

「何か必要なものがございましたら、あちらにある呼び鈴をご使用ください。スイッチを押せば担当の者が対応いたします」

 俺に背を向ける。

「なあ」

「はい?」

「この世界は下らないか?」

 無意識の中から這い出た質問だった、特に大した意味はない。

「この世界は素晴らしいですよ、貴方も気に入るはずです」

 男は振り向くことなく尻を、ではなく尻から生えている細長い尻尾を揺らして答えた。その言葉は嘘ではない、と思う。

 男が部屋から出ていく、警備員たちも後を追う。彼らにも己の存在を表明するかのように尻尾が生えていた。

 静寂が訪れる。俺は一人、見知らぬ異世界に取り残された。


読んでくれた方も、そうでない方も、後書きを読んでくださりありがとうございます。少しでも人生の彩になってくれればとても幸いです。

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