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「―――良し。何とか間に合ったな」


 ラブレ一の高級レストラン、ペルジャ・デ・メロ。ディナー最安コースでも一食三万は下らない、正にセレブ御用達の料理店だ。

 対する俺はと言えば、ドレスコードを頭から無視したジーンズとジャケット姿。しかし入口に立つ馴染みのマスターは、特に気にする様子も無く一礼した。

「どうも。御無沙汰してます、小父さん。親父は?」  

「一番奥のいつものお席に。にしても、少し見ない間にまた大きくなったね、ロウ君」

 丁寧に撫で付けた銀髪を押さえる。

「直に追い越されてしまいそうだ」

「まだ当分先の話ですよ。んじゃ」

 昔は年に二回、家族三人で欠かさず通っていた。クリスマスイブと、俺の誕生日に。

(中も変わってねえな、全然……)

 母さんの葬儀以来だから、約三年振りか。思ったより俺自身冷静で一安心だ。ここには彼女との思い出が沢山詰まっている。入店した途端泣いてしまったらヤバいな、と内心少し不安だった。

 休日のディナータイムだが、客の入りは三分の一程度。尤も聖夜以外、店内が満席になった所は見た事無いが。


―――大会予選通過のお祝いに、アラン君も呼んですき焼きパーティーをするの。ロウ君も良かったらおいで。お肉一杯用意してあるから。


 勧誘を嬉しいと思いつつ断ったのは、体育教師がここぞとばかりに己が授業へ出席しろと説教をするのが容易に予見出来たせいだ。それに幾ら甘い親父でも、流石に一週間前からの先約を断られては凹むだろう。

(ま、偶には保護者の顔を立ててやらなきゃな。お)

 目的のテーブルに親父を発見。ついでに奴の正面にはもう一人、見慣れた人物が腰掛けていた。

 肩口近くまで伸ばした白髪に、若干引く程無感情なアイスブルーの瞳。向こうも休みだったのか、ワイシャツの上から白いカーディガンを羽織ったラフな出で立ちだ。どう見ても三十路なのに、実年齢五十歳と言う中性的な彼女の事は、勿論以前から良く知っていた。


「何だ。あんたも呼ばれてたのか、弁護士」「ロウ・ダイアンか。ああ、小用でな。だがもう帰る」「おやおや、ビ・ジェイ君。まぁ、如何にも君らしい挨拶だが」


 苦笑する親父を他所に我が家の財産管理者、通称『機械弁護士オートマチック・ライアー』は音も無く席を立った。法外な額の資産に、忠実で無欲な管理者。凡そこれ以上うってつけの組み合わせは無い。

「今夜はわざわざ出向いてくれてありがとう。また何時でも電話してきてくれ」

 書類入りのクリアファイルを年代物の革鞄に仕舞い、次に必要な手続きは三ヵ月と十日後だ、淡々と答える法律家。その記憶力は、恰も眼前に全書類が揃っているかのような正確さを誇る。その能力の高さも、親父が全幅の信頼を置く一因だ。

 かく言う俺や母さんも、余りの短名故ついフルネーム呼びになるこの弁護士には、昔から何かと世話になっていた。事専門に関する限り、彼女に掛かれば一両日中に解決する。しかも非の打ち所が無く的確に。しかし、

「あ、また買ってら。ホント飽きないな、あんた」

 ファイルの隣に差し込まれていたのは、まだビニールが張られたままの絵本。題名はピーターパン。永遠に年を取らない夢の国、ネバーランドへ子供達が行く超有名な御伽噺だ。

「ああ、ミトへのプレゼントだ」

「前も聞いたって、それ。けど、あんたの息子って確かもう大人だろ?絵本を喜ぶような年には思えねえけど」

「?そう、なのか……?ありがとう、は聞くものの、止めてくれ、とはまだ言われていないが」

 珍しく困惑した口調。どうも返答に困る質問だったらしい。これでも一応十年来の付き合いなのだが、まだまだ親父のような意思疎通は難しい。

 すると彼女は顎に手を当て、記憶を掘り起こすように虚空を見つめる。

「……君と同じ中学一年の頃、ミトはピーターパンを六冊持っていた」

「へえ。今は?」

「二十五冊。これが二十六冊目だ」

「ほう、それは凄い。ちょっとしたコレクターじゃないか」

「別に収集はしていないが」 

 話題が愛息のせいか、無表情ながら微かに頬が緩んでいた。

「で、あれからネバーランドについて新発見はあったのか?」

 昔、家へ招待した時にチラッと聞いた事がある。養子は幼い時分、ピーターパンと夢の国へ赴いていた、と。

「いいや。残念ながら」

 所詮は子供の空想、そう否定するのは簡単だ。が、そんな架空の事実でも、彼等二人にとっては容認すべき事項なのだ。加え、ジェイ家も血の繋がりの無い片親家庭。無意識に共感してしまうのは当然だろう。

「そっか。何時か二人で行けるといいな」

「……ありがとう、ロウ・ダイアン」ボソッ。

 その夜初の微笑を浮かべ、では、弁護士は颯爽と歩き去った。



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