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そこから長い歳月が流れ、十年後。
「いよいよね、ロウ君」「ああ」
修繕された親父の背広を羽織ると、まるで誂えたようにジャストサイズ。ボタンを留めて感無量に浸る俺に、似合ってるな、ここまで多大な力添えをしてくれたジェイ弁護士が声を掛けてきた。
「不思議だわ。中身はロウ君なのに、まるでおじさんが立っているみたい……」
クスン。
「あの人も見たかっただろうな。今日のロウ君の頼もしい姿」
「今日までよく頑張ったな。けど、キツいのは寧ろこれからだぞ」
「ああ。とっくに覚悟は出来てるさ」
ラブレ中央学園、偉大なる父の遺産。大切な思い出が山と詰まった母校を、この理事長室を出た瞬間、俺は継ぐ。そのための準備に十年。長いようであっと言う間だった。
とうに追い越した背で恩師を、戦友にして唯一残った家族を見下ろす。十年分年を重ね、彼女は現在三十五歳。対する俺は二十五歳だ。
(まだ十四歳のままのあいつを置き去りにして、俺達はどんどん老いていっちまう……それでも)
前に進むしかない、死んでいった奴等のために。そして、未だ微塵も変わらず愛する親友が、遠い旅路の何処かで母校の存続を喜んでくれる事を願って。
あの日から肌身離さず装着する、形見の金弾を握り締める。そして万感の想いを籠め、静かに瞼を閉じた。
(親父、母さん……そっちはさぞや賑やかだろうな。まだ当分行きたくはねえけど、正直ちょっとだけ羨ましいぜ)
視界を取り戻すと、元音楽教師も両手を組んで祈りを捧げていた。たっぷり数十秒後。アメジストの瞳が現れると同時にホロッ、流れる熱い雫。
「やだ、私ってば……折角のロウ君の門出なのに、ごめんなさい……」
「気にすんな。あんたはここへ来るの十年振りだろ?普通でいられる方がおかしいって」
相変わらずぶっきらぼうな慰めにフリーの魔術師は頷きつつ、百合の刺繍のハンカチで涙を押さえた。
「―――そろそろ時間だ。リラックスして行けよ、理事長先生」
就任手続きを開始した頃から、だっただろうか。少しずつではあるが“翡翠蒐集家”、そして『例のイレイザー・ケース(抹消事件)』についての記憶が戻りつつあった。目の前の弁護士も関わった、ある意味『S事件』を超える大事件を……。
「今まで本当にありがとな。見ての通り若輩者だが、あの人共々これからも一つ御教授頼むぜ」
握手を交わした後、そろそろ落ち着けよ、嗚咽を漏らす恩師の肩を叩く。
「今夜はペルジャ・デ・メロのフルコースだぞ。泣き腫らした目で行く気か」
「えっ、あの超高級店の!?」
パッ!この食い気の権化め!現金過ぎるだろ!?
「ああ。とっておきの一張羅持って来いって言っただろ。一応ドレスコードもあるんだし、ちゃんとホテルで着替えてから来るんだぞ」
「うん!わーい、フルコースなんて私初めて!!」
先程までの鬱々は何処へやら。子供のように諸手を挙げて喜ぶ恩師の視線を背に、俺は運命の扉を開いた。




