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「―――なあ、先輩」「ん、どうした?」
二年に進級して一週間後。親友とキュー先公、二人掛かりのたっての頼みで、俺は一年遅れで声楽部に入部する羽目になった。元からカラオケは好きだが、如何せん賛美歌は初挑戦。独特な節回しもあって、飲み込みの早い俺にしては珍しく悪戦苦闘していた。
その休憩時間の男子トイレ。壬堂 恵部長(テノール担当)が、チャックを上げつつ声を掛けた俺の方へ振り向く。
「前から気になってたんだけどさ。まさか、あんたもハイネを狙ってたりしてないよな?」
「はぁっ!?ゲホゲホッ!!」
素っ頓狂な声を上げた後、激しく咳き込む年上。
「だって部長、ほぼ一年間あいつとペアやってるんだろ?練習の時も何だかんだ言って優しいしさ。怪しい」
「ハイネは最年少部員、しかも俺の相棒だぞ。気を遣うのは当然だ。と言うか」
ゲホッ!
「……ダイアン。お前、あいつ目的で入部したのか?」
「まぁ、九割方?」
「殆どかよ!?」
叫んだ所でガチャッ、トイレの出入口が開く。バスの先輩コンビは挨拶後、手前の便器に仲良く並んで用を足し始める。
「珍しく怒鳴ってどうした、部長。ダイアンと喧嘩か?」
「入部早々虐めてやるなよ。推薦したレヴィアタとキュー先生に悪いだろ」
「違う!実はこれこれしかじか」
「かくかくうまうま、と。ああ、成程」
「そりゃ叫びもするわな。―――で、証拠は?」
「は?」
想定外の質問に、部長の目が完全に点と化す。
「部長がれっきとしたヘテロだって根拠が無いと、ダイアンの疑いは解けないぞ。なあ?」
「え?」
そんな物あるのか?ホイッ!と出せたら出せたで逆に凄いが、
「あるぞ」ガサゴソガサゴソ……サッ。「ほらよ」「「「おおっっ!!!」」」
革財布から出された一枚の写真。写ったバーと思しき店の入口では部長と、部長より五歳程年上の女性が明らかにそう言う雰囲気で立っていた。
「あれ、この顔どっかで……あー!彼女、うちのOBじゃんか!?」
「本気かよ!?もうHはしたのか?」
「選りにも選って最初に訊く事がそれかよ……まあ、一度だけな。俺はまだ学生だし、大学卒業まで結婚はしないつもりだ」
写真を大事に仕舞いながら、どうだ、気は済んだか?余裕たっぷりに訊き返す。
「ああ、確かに。疑って悪かったな」
しかし堅物の部長が彼女持ちとは。人は見かけに寄らない物だ。
「おい、ダイアン」
「襲っちまえ」
「おいコラ、お前等!!?」
然して悪びれもせず、揃って口笛を吹く二人。
「だってあいつ、キュー先生が好きなんだろ?多少強引な手でも使わねえと、こっち勝ち目無えじゃん」
「そうそう。既成事実さえ作っとけば、後はどうとでもなるって」
「後輩に変な事吹き込むな!大体お前等、倫理感って物が」
「「リア充は黙ってろ!!」」
綺麗にハモったバスの一喝に、ぐっ!反射的に仰け反る部長。その隙にチャックを閉めた先輩方が俺の背後へと回り、左右から肩に手を置く。
「俺達はお前の味方だからな」
「困ったら何時でも相談しに来い」
ぽんぽん。
「お、おう。じゃあ、お言葉に甘えて」「話は聞かせてもらったわ!」スパァンッ!!「何奴!?」
出入口を勢い良く開き、現れたのはソプラノ・アルトのカルテッドだ。女子禁制の場所柄を完全無視し、先輩方はビシッ!俺へ四本の人差し指を向けた。
「安心して、ダイアン君。私達、君の恋を全力で応援するから」
「……は?え?」
想定外過ぎる状況に付いて行けず、頭が真っ白になる。最初に話を振った俺も悪いが、事は同性愛だぞ?神聖な部活内であっさり許可していい物なのか?
「実はここだけの話、うちの部って男女混合のくせにカップルが生まれる気配すら無いのよね。だから良い見せ物……いえ、とっても仲良しなペアが出来ると、副部長の私としても凄く嬉しいわ」
「はあ」
今サラッと本音漏れたぞ、先輩。
「おい、お前等いい加減にしろ!大会前の大事な時期に何吹き込んで」
「「「黙れ、彼女持ち!!!!」」」
先程の三倍のハモりをモロに受け、余りの威力に思わず膝を着く部長。更に追い討ちを掛けるように、俺への擁護が吹き荒れる。
「こんな無理解男に屈したら駄目よ、ダイアン君!」
「そうそう。それに昔から言うでしょ、当たって砕けろって」
「レヴィアタ君は料理上手の上に、面倒見も良いし」
「逃したら一生後悔する超優良物件だわ」
「先輩方……」
ここが便所だと言う事も忘れ、柄にも無くじーんときてしまった。入部したての俺の将来まで案じてくれるなんて、何て優しい人達だろう。
「……はい。期待に応えられるかは分からないけど俺、精一杯頑張ります」
「良い返事だ!」
「じゃあ本人が来ない内に、部室で作戦会議だ!」
「お前等……くそっ、もう俺は知らんぞ」
ぼっちの部長を置き去りに、俺は先輩方に連れ出されるままトイレを後にした。




