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8.あたしの中の、違う人

そんな、まさか。


いや、でも確かに辻褄が合う、それなら。

頭が痛い。


囁き声がする。


いつも足元がふわふわ浮いていておぼつかない。















あたしはこの時期、決まって体調を崩す。

雨の日が続くと頭痛と吐き気で起きるのがやっと。

なんとか頭痛薬と吐き気止めと胃薬を飲みながら学校へ向かう。




「おい。大丈夫か?」


「うん・・・いつものことだから。」



梅雨が明けるまでの1ヶ月間。


期末テストも控えてるけど、頑張らなきゃ。












カランコロン。


鈴の音がなる。


外の雨音と一緒に入店したのは、長身の黒縁眼鏡ダンディだった。




「おう、いらっしゃい。」


「・・・マスター、今日も千津さんお休み?」


「ああ。なんでも風邪こじらせたみたいでなぁ。

 時期はずれの風邪は無理すると大変だ、大事を取って1週間ほど休みなって俺が言ったんだ。」


「そうですか、看板娘さんがいないとお店もなんだか寂しそうに見えますね。」


「おいおい、千津ちゃん目当てなの隠しもせずに堂々としてんのはおまえくらいなもんだって!

 ま、密かなファンは結構常連の中にもいるだろーがな。」


「うーん、残念だな。

 来月から本公演始まっちゃうから、暫く来れなくなりそうなんで。」


「そうかぁ。今回はどこ回るんだ?」


「大阪・東京・福岡・名古屋・北海道・広島・もっかい東京・ラスト大阪」


「うへぁ。おめえさんそりゃ、かなりハードスケジュールだなぁ。」


「そうなんですよ。約4ヶ月です。ああ、僕の癒しの姫に会いたかったなぁ。」


「まあ最初が大阪なら練習始まってからでも覗きにくりゃいいんじゃねえか?

 ん。

 待てよ。」


マスターはがさごそとカレンダーをめくり始め、ふんふんと頷いてニヤッと片方の口元を上げた。



「なあ、こういうのはどうよ?」

















暑い。

むし暑い。

でも布団をひっぺはがす事は許されない。


なぜなら、風邪を引いてしまったから。


「・・・39.2℃。しっかりこじらせやがって。」

「ううう。面目ない。」

「マスターとバスケ部の顧問には俺から連絡しといた。1週間休みOKだとよ。

 学校のノートも俺と美波がなんとかするから、お前は身体治すことだけ専念しろ。」


どれだけ注意しても何故かこの時期に決まって風邪をこじらせてしまう。

前世はきっと梅雨の時期に病に倒れたとかではなかろうか。

しょーもない事を考えながら、坂上家の客間を借りて床に就く。


美波はまだ部活中、美波の両親達も仕事中だ。


かかりつけの内科に行ったが結果インフルエンザではなかったが、やたらと熱が高いので子供二人で家において置くのは危険と判断。

部屋に余裕のある坂上家で回復するまで面倒をみてもらう事になったわけだ。


こればかりは反論の余地はない。

ちなみに佐緒里は美波の部屋でおとまりだ。


「ちーちゃん。。。大丈夫?」


学校から帰宅した佐緒里が、マスク姿で現れた。


「佐緒里。ねーちゃんただの風邪だから、心配すんな。すぐ治る。」


「ん。蒼にぃがそういうなら。ちーちゃんのこと、お願いね。」


宿題してくる、と佐緒里は部屋の扉を静かに閉め出て行った。



「そーちゃん、ごめんね。

 部活、だったんじゃないの?」


「いや、今日は雨で自主トレの日だから気にすんな。

 わったんとかやりぃ~2ヶ月ぶりのオフだ~とか言って颯爽と帰って行ったぞ。」


わったんはクラスメイトで同じサッカー部の渡辺のことだ。

俺と同じ位の長身で、あいつは本当に日に焼けない体質なのか真っ白の美肌のプリンスなんて呼ばれてやがる。

俺はいい。小麦色のプリンスとか、ぞわぞわする。


「あは、わったんの姿が目に浮かぶよ~嬉しかっただろうねぇ。」


こんな高熱にうなされてても真っ赤な顔して笑顔で相槌を打つ千津に、ホントおまえは・・・と小言のひとつも言ってやりたくなる。




「とりあえず、おばさん達が帰ってくるまではいるから。粥かうどんか作ってくる。どっちがいい?」


「ん・・・そーちゃんのふわふわ卵とじ雑炊がいいなぁ」


「粥かうどんかっつってんのに、まあいいや。待ってろ、寝ててもいいから。」






そーちゃんが部屋を出て行って、すぐあたしは意識を手放した。
















・・・ん。








・・・ん。









誰?











・・・ん。


・・・じん。














男の人の、誰かを呼ぶ声がする。












じん?















「なあ、おまえは知りたくないか?」











なにを?
















「どうしてあの幼馴染がおまえによくしてくれるのか」
















幼馴染。だからでしょ?




あたしでもそうするよ。

















「バカやろう。それだけじゃねえ、あいつの下心に気付かねーのか?」

















下心?

なにそれ。

そーちゃんがあたしに?
















「ほかにだれにっつーんだよ」













ざわざわ、ざわざわ・・・。





さっきから青っぽい発光体の塊から、囁き声のような音がする。













「うるせえ!!おまえら、ちょっと黙ってろ!!」















先ほどから会話している声の主が一喝すると、途端に青の発光体も消え静寂の闇が訪れた。

















ねえ、あなたはあれらの親分なの?













「あ?んー、まぁ、俺の方が強ぇから、そうなるかな。」







じゃあ聞くけど、あなたは誰?

どういう存在なの?
















すると暗闇から急にニヤッと口だけが開かれ、こう続けた。
















「俺は、ヤイバ。

 あの青いやつらは、じん

 俺らはあんたのもう一つの人格ってやつさ。」
















え?


は?


ちょっと、それどういう――――――――――――――――――――――――














・・・づ。





・・・ちづ。














「おい!!ちづ!!」








目を見開いた瞬間、あたしはそーちゃんに両手首をがっしりと握られていた。


あの、これ、どういうこと?



「どういう事はこっちの台詞だっつーの!

 おまえ、泣きながらごめんなさいごめんなさいってうわ言言って

 自分の首絞めてたんだぞ!?

 覚えてねーのか!!」




覚えがない。

夢の中で変な人と喋ってた記憶はあるけど。





「はぁ。一人にしとかなくてント良かった・・・。

 ほら、雑炊。食べれそうか?」



うん。ありがと、そーちゃん。


謎の行動の理由はわからなかったが、とりあえず今は元気になる事が第一優先だと美味しそうな湯気の元へ手を伸ばした。












それからの記憶が、すっぽり、ない。

































まさか、見破られると思ってなかった。

出会って間もない、この人に。















マスターにお使いを頼まれた。


地図を頼りに辿り着いたが、どうやら小さなホールのようだ。


今日はこれを届けたら帰っていいから、と、病み上がりの身体を労わってくれたのか。



僕の中の直感はなぜか危険信号を発信していたが、やむない、仕事だと言い聞かせ狭い階段を上がっていく。



保温ポットにマスター自慢の珈琲を入れ、サンドイッチの詰め合わせを持って扉をノックすると、

もじゃもじゃの髪の髑髏の様な顔をした中年男性が現れた。



「あれっ。君、もしかして賢治の行きつけのとこの子?」


「はい。珈琲とサンドイッチをお持ちしました。」


そうなんだー、賢治はちょっとしたら戻ってくるから入って入って!と、中に招き入れられたので失礼します、と靴を脱ぎ上がらせてもらう。




舞台だ。


数人が発声しながら、動きの確認をしている。




「おーい、けんじ!休憩しよーぜー!!」


さっきの髑髏顔が舞台に向かって両手をブンブン振る。


なんだこのオヤジ。

やたらと子供っぽいな。

もじゃもじゃだし。





ふ、と舞台へ目線をやると、長身の眼鏡男がこちらを値踏みするように睨んでいた。


あの男か。


以前、僕に出て来いと言ったのは。


フン。

こんなところ、用さえ済ましてさっさと退散するだけだ。















さっきの髑髏男の鶴の一声で休憩と相成り、皆めいめいに茶や食べ物をつまみ出したので、こちらへ歩いてきた眼鏡男にすみませんが領収のサインを、とペンを差し出した手が突然握り締められて思わずつんのめった。





「!?」


「やあ。久しぶりだね、風邪引いたんだって?

 大丈夫かい。」



つんのめりポン、と男の胸の中に抱きとめられ、困惑した僕はぎりぎりと力を込めて身体を引き離そうとするも、相手の力の方が強く全く身動きが取れない。



「ねえ、千津ちゃん?」

「はい?」

「君は今、どの千津ちゃんなの?」

「え?」





十何年一緒に過ごした家族や幼馴染ですら、見抜けないほど完璧な筈。

この男、何者だ?

クリフは警戒心を緩めず、千津のように薄っぺらい笑顔を貼り付けて頭をフル回転させる。



「ええと、なんの冗談ですか?やだなぁ、小林さんてば。」


平常心、平常心。

ドッドッドと早鐘のように脈打つ鼓動に、さも平静さを装い頼まれたエスプレッソを彼の前に差し出す。



「なんで?君のそれ、隠してるの?それで隠したつもり?」


なんなんだ。

この男は。

一体、どうやって見破ったというんだ?


下手に笑顔すら装えなくなり能面のような表情に戻った僕に、彼は満足そうにうんうんと何度も頷いた。



「わかるよ、僕も同属だからねぇ。」


君と同じさ。

驚きに目を見張った僕に、さらなる爆弾が投下される。



「だから、興味がわいた。僕みたいな奴が他にもいたんだって感動とともに。」



君を取材させて欲しい。

彼はスッと真面目な表情に戻り、頭を下げてきた。



取材?

一体、なんの。



なんとか声だけは平常に戻せた僕に、彼はこう言ってきた。







「僕、脚本家なんだ。

 で、演出家で、演者でもある。」


「君と僕と僕の相方を題材に、物語を書きたいんだ。多重人格者の物語を。」

































小林賢治こばやし けんじ


アルバイト先の由緒ある喫茶店にいつも同じ時刻に現れて何かを必死に書きしたためている常連の優男風ダンディは、僕と僕の守るべき彼女の天敵だと認識した。


千津の中の別の誰か。


名前が3人までわかりましたね。

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