7.風に舞う恋心
お互い、不毛な片想いがどこで成就するか、見物だね。
もうすぐ雨が降る。
「ねえ、蒼士。」
「なんだよ」
「千津のこと、どう思ってるの?」
二人の間に、生ぬるい風が吹く。
もうすぐ、梅雨の時期。
ついこないだ、進学したばかりなのにもう衣替えの季節を迎えている。
GW明けの中間テスト、以外にも自分達幼馴染トリオは順調で三人とも20番以内に入る事が出来た。
よしよし。
これで千津も両立出来てることが証明されたし、文句は言われないわよね。
千津は返済不要の評定平均値高めキープが条件の市独自奨学給付金制度を利用しているので、考査の結果は重要だ。
おじさんの年収なら別にそんなの利用しなくてもいいんじゃないか、と思っていたら、彼女はなんでもない風にこう答えた。
いいの。佐緒里がもし私学に行きたいってなったら、それでお金かかるからって理由で諦めさせたりしたくないから。
幼い顔に似合わず大人びた中身の幼馴染は、本当にこちらが子供過ぎて情けなるほどにシャンと背筋を伸ばして生きている。
そして今横に立っているもう一人の幼馴染。
切れ長の鋭い瞳を持つ長身で浅黒い、いかにもスポーツマンです風な蒼士が着る黒の学ラン姿。
並の女子ならそれだけで好きになっちゃいそう。
私、以外の女子でも。
「好きだよ・・・いつからかわかんねー位、前からずっと。」
だよね。
そりゃ、あんな子なかなかいないもん。
私が蒼士の立場なら間違いなく惚れてるわ。
「知ってる。でも、千津は知らないよ、蒼士の気持ち。」
「いいんだよ。あいつは、そんなこと気にしないで好き勝手やってれば。中途半端に知っちまったら、ぎくしゃくする。どうせ、最終的には」
「俺のところに戻ってくる自信があるから?ホント、昔から自信家だよね。蒼士は。」
でも、
「あの人は今までの人とは違うかもよ。」
GW中のある日、車で送ってきたダンディな黒縁眼鏡の紳士。
なんでも彼女のバイト先の常連らしく、果敢にもアタック中のようだ。
本人はまっっったく気付いてないのが笑えるけど。
「・・・」
「本当の泣き虫千津ちゃんに向き合おうとしてる。」
「おまえ、それは言わない」
「約束だよね。知ってる。だから千津もそのことまったく思い出しもしてないよ。」
ガリッ、と無意識に貪っていたチュッパチャップスを噛み砕き、蒼士は長く息を吐いた。
画になる男だなぁ。嫌味か。
私、坂上美波は、幼馴染の桂木蒼士のことが好きだ。
だけど、蒼士には別の想い人がいる為、気持ちには応えられないとずっと昔に振られている。
もう一人の幼馴染の、平岡千津にはここ15年そのことは一切気付かれていない。
知っているのは私と蒼士の二人だけ。
それと、もう一人の幼馴染こと、千津こそが、私の想い人の片想いの相手。
私の片想い暦と同じだけ。
見事な三角関係と言うわけ。
「あいつは、ダメだ。」
「なんで?年上だから?」
「違う・・・なんつーか、キナくせーんだよ。嘘っぽいつーか。」
「蒼士みたく長年の片想い見事に隠密しちゃってるほどには嘘つきっぽくない様に感じたけど。」
「んだよ、お前が言うな。男の勘だ。」
「なにそれ」
「とにかく、もうその話はよそうや。千津が戻ってくる」
千津は土手からずいぶんおりた河川敷の野球場の方に向かって、飛んできたボールを丁寧に野球少年達に届けに行っている途中だ。
ほんと、お人よし。
そーゆーとこも、蒼士は好きなんだろうなぁ。
「蒼士。」
「わかってる。」
柄だけになったチュッパチャップスの棒を口の中で転がしながら、嘯くように言った。
「言うつもりは、ねーよ。」
まだな。
まだ、その時じゃない。
風に吹かれて揺れる蒼士の暗い色の瞳が、スッと細くなる。
諦めないんだ、蒼士は。
まあ、私も諦める気、さらさらないけど。
おさななじーみ’s