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4.私があの子と私のためについた嘘

どうしても、譲るわけにはいかなかった。


この子は私が、私達が守らなきゃ。


千津がうらやましかった。


どんな逆境にもめげずにいつも笑顔を絶やさない。

友達も多い。

お年寄りや子供にも好かれ、ご近所さんの評判もめでたい。


言葉足らずで鋭い目つきから見た目が怖い蒼士や喧嘩っ早い私の尻拭いをいっつもしてるくせに、それを恩着せる事もなく「そーちゃんも、みーちゃんもだいすきっ!!」って抱きついてくる。


でも、その見かけとは裏腹にとても努力家で負けず嫌いで、文武両道。

小さな背にもかかわらず、大好きなバスケットを続けながらテスト結果の張り出しには必ず上位にいるような子。


小動物的な。

某テーマパークのキャラクターみたく、なんか見てるだけでこちらも笑顔になってしまいそうな愛されパワーを持っている。



千津はすごい。

どんな時でも泣かなかった。


ドジっ子属性高いから、なんでもない普通の道でいきなり躓いて転けることもしょっちゅうで、

小さなころはやんちゃな幼馴染二人につき合わされ木登り中にまっさかさまに落下したりしても、

泣きもせず病院でわんわん自分達のせいだと泣き喚いた私と蒼士に、


「だいじょーぶ、だいじょーぶ。

 あたしは、ぜったい、しなないよ。

 ずっとさんにん、いっしょだよ」


って、泣きやむまでいつまでも頭をなでてくれるような心の強さの持ち主だった。






あのときから、私の中で千津は命をかけても守らなきゃいけない神様になった。























千津はお母さんが出て行ったときも、一切泣かなかった。











「あのね、さーちゃんのおねーちゃんはあたしだけだから、あたしがさーちゃんのママになるんだ。

 あたし、がんばる。ママと約束したから。どんな時も、さーちゃんを守るって。」

















そうして千津の歳の離れた妹、佐緒里さおりも、姉に似て決して人前で泣かず笑顔を絶やさない子に育った。
















千津のお父さんは優秀な車の営業マンで、シングルファザーとして仕事に子育てにと奮闘しながら、私や蒼士の親達、ご近所さんや幼稚園の手を借りながらなんとか二人を育て上げた。












だが。










そんな生活に暗雲が垂れ込めたのは、私達が小学校へ入学して二年目の春だった。

















千津の様子が変だ。


蒼士と私は、親達よりも千津とずっと一緒にいるから、その異変に真っ先に気がついた。


あのしっかり者だった千津がかなりの頻度で忘れ物をするようになった。

最初はハンカチ、ティッシュや下敷きなど、まぁなくてもなんとかなるかな程度の物。

だが段々とそれは増えていき、体操服、給食袋、連絡帳、教科書、鍵盤ハーモニカ、と、その日に必要な物で忘れないようにと私や蒼士が前日に注意して用意させ、いざ翌朝迎えに行くと空っぽのランドセルをパジャマ姿で背負って出てきて私達を驚かせた。

何故、昨日せっかく用意した持ち物はどこへやった!

強く千津を問い詰めても、ううん、なんでだろう~?きのうはちゃんとよういしたはずなんだけどねぇ~なんて、まるで他人事のように、危機感もなくのたまってそのまま玄関先で急に猫のように丸まって眠りだしてしまった。


なんだこれは。

こんなの、千津じゃない。



「そうし、ちづがへんだよ!」

「おい、ちづ!ちづ!!おきろ、ちづ!!」



あまりに続く異常事態に、蒼士と私はすぐさま親の元へ飛んで帰り、親が慌てて病院へ連れていくも身体的には至って健康で問題なし。

単なる睡眠不足から来る注意欠乏でしょうと言われ家に帰された。


千津のお父さんはそうやって呼び出されるたび、顔面蒼白で戻ってくるが、聞けば家を出るときは必ず着替えも済ませ朝食も食べ終わってあとは私や蒼士が迎えに来るのを待つだけの状態で「いってらっしゃ~い」と父親と妹を送り出しているんだと。


色々な病院を回ってはみているが、全く原因が判らず、これでは親権争いの裁判の時不利になってしまうやも・・・と、悲しそうに私達の親に打ち明けているおじさんの姿に胸が痛んだ。


おじさんの親は学生の時に事故で亡くなっていて、その際おじさんのお兄さんやお姉さんは既に独立していて他県に住んでおり、遺産としてこの家を相続したらしい。


そしておばさんと大学で出逢い20歳でできちゃった結婚。

周囲はそりゃもう反対した。


でも、おじさんおばさんの意思は固く、また同時期に妊娠していた私達の母親も味方になり、三人で頑張って健康な子を産みましょう!と、歳若い二人をサポートしながら生まれたのが千津だった。


おばさんは他県出身の人だったが、親のこととかを一切話さないので何故かと思っていたら、おばさんは母子家庭で祖父母に育てられたが、そこのお家はとても裕福なお家だったらしく、結婚の際大反対され、駆け落ち同然でこちらに嫁いできたということだった。


私や蒼士の親より10以上若いおじさんおばさんは、どちらかというとお兄さんお姉さんのようで、それも千津がうらやましいなぁなんて思った理由のひとつでもあった。


千津はおじさんにそっくりで、歳が離れて生まれた妹の佐緒里はこれまたおじさんによく似ていた。


おばさんはどちらかというと優しそうだけどシュッとした顔立ちの人で、なかなかこちらの言葉に慣れずに苦労したらしいが私達が物心つくころには「せやんな~」なんて相槌が打てるようになっていた。





千津たち親子は幸せそうだった。













傍から見ている分には。













おばさんは、もしかしたら、気付いていたのかもしれない。














千津が本格的におかしくなる前、こう尋ねられたことがあった。


「ねえ、美波ちゃん。あのさ、千津ちゃんのことなんだけど。」


なに?


「ときどき、いつもの千津ちゃんじゃないなぁ、変だなぁ、なんて感じる時、ない?」


どきり。


ちょうど、学校でいじめっ子達に千津がお母さんが出て行ったコトでからかわれ、いつもは黙ってシカトするだけの千津が突然襲い掛かったという事件があったのだ。


その時既に家を出ていたおばさんには知らせていなかったが。


千津は普段から私や蒼士に付き合って遊んでいるから体力はかなりあるものの、その時既に空手やサッカーをやっていた私達と違い千津が習っていたのはエレクトーンと習字くらい。

どちらかというと大人しい子だと思われていたはずの千津が、飛び蹴りや膝蹴り、ランドセル投げ飛ばしなどいじめっ子数人に対しあっという間に倒してしまい、それだけではおさまらず倒れた相手に対しさらに殴りかかりにいくという普段の姿からは想像も出来ないほどの荒れ具合だった。


普段なら私か蒼士がついていてそこまで大事に至らないはずが、運悪く二人とも習い事や掃除当番で千津が一人で帰宅していたときをいじめっ子達に狙われてしまったのだった。




どうしよう。

お母さん達には、しんぱいかけちゃいけないから、黙っててって言われたけど。

おばさんはちづのお母さんだし。

でも、おじさんとしんけんあらそいしてるわけだし。

私はちづにそばにいてほしい。

おばさんのとこにちづが行っちゃったら、もう会えなくなっちゃう。










その時、私は自分の中の悪魔の声に素直に従った。










「ううん、そんなことないよ!ちづ、いっつもがんばってるよ!へんじゃないよ!」










ごめんなさい。

おばさん。










そっか、変なコトきいてごめんね、美波ちゃん。








おばさんの少し残念そうな、でもほっとしたような、千津と同じ瞳がいつまでも忘れられない。

















結局、おじさんは親権争いの裁判にもなんとか勝って、おばさんが千津の家に時々来るようなこともなくなったのは二年の秋の話だった。




彼女の懺悔。


まだ続きます。

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