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3.彼はあたしの中に飛び込んできた光

いつだって出会いは唐突で、不条理なものだ。



「ごめん」




仄暗い店内には、もう誰も残ってはいない。


彼が燻らせた煙草の煙。


思わず、視界が涙でにじむ。


「今まで黙ってて、ごめん」

「どうして」

「好きだから、好きに、なっちゃったから」

「余計にずるいよ。」


ははは。

乾いた笑いで誤魔化そうとする愛しい人。


「本当に。」


けんさん。






































アルバイトを始める事にした。


そう幼馴染の二人に切り出したとき、二人とも驚きそしてそんな無茶はやめろと言って反対した。


まぁそりゃそういう反応になるよね、普通。


高校だってやっとの思いで合格した位だから、勉強に部活に家事に妹の世話にとめまぐるしい日々を過ごすあたしにはそれ以上の事をするなんてキャパオーバーだと思ったんだろう。



違うの、訳があるの。




あたしの家庭は、忙しい父が不在がちで妹と二人で過ごすことが多い父子家庭だ。

今までは中学と妹が通う小学校が隣同士で自宅から徒歩数分の距離だったこともあり、授業が終わるとすぐ妹を迎えに行きそーちゃんかみーちゃんのお家で預かってもらい、部活が終わったらすぐ買い物をして帰り妹を迎えに行った後晩御飯の支度をし、二人でご飯を食べてお風呂を沸かし妹の宿題と連絡帳、持ち物チェックをして寝かしつけてから自分の勉強や洗濯物を干したりする。

朝は部活の朝錬に参加する2時間前に起きて父と自分の弁当作りと掃除をし、アイロンをあててから登校し朝錬が終わると自宅に戻り妹を連れて再び登校する。

大体平均睡眠時間は6時間あればいいほうだ。

しかし、この生活も十年も続けていればさすがに慣れた。

世のお母さん方は皆それ以上に大変だろうなぁなんて思いながら。


そんな調子だったから、高校に進学する際に一番悩んだのは妹の登下校と放課後の過ごし方だった。


この地域は残念ながら徒歩圏内に高校はない。

一番近くのところでも自転車で15分の距離にある。

それでは流石に登下校に付き添い放課後に一旦迎えに行くのは不可能だ。


悩んでいたところ、蒼士のおじいさんの行きつけの喫茶店で、長年勤めた夜勤務のウェイトレスさんが結婚で辞める事になり、バイトを募集してると聞いた。

そこのオーナーは子供のころからの知り合いだったので、藁にもすがる思いで妹が下校後自分がバイトに入るまでの間、ここで預かってはくれないかと相談してみた。

するとオーナーは二つ返事でOKしてくれ、控え室代わりに使っている和室を自由に使ってくれていいからぜひ来て欲しいと言ってくれたのだ。


これで一安心だ。

小学校卒業までの妹の放課後の行き場が確保された。


そしてあたしは部活が終わってから平日店じまいまで、由緒正しい知る人ぞ知る小さな喫茶店のウエイトレスを始める事になったと言うわけだ。



「なんでそんな大事な事、相談せずに決めちゃうのよ!!

 佐緒里ちゃんなら家で毎日でも預かってあげるってば!!」


「そうだぞ、俺の家だって遠慮するな。

 そういうことはお互い様なんだから助け合って当然だろ。」



ううん、もう高校生になったんだし、あたしたち姉妹もそろそろちゃんと二人でもやってけるようにしなきゃいけないってずっと考えてたの。


もし、熱とかで連れてけない時は今までどおりそーちゃんやみーちゃん家に頼っちゃうことになるかもしれないけど、お願いできるかな?



幼馴染だからって、親しき中にも礼儀あり、でしょ?


そう言うと二人は何故か悔しそうな寂しそうな、なんとも言えない表情でしばらく経ってから静かに頷いた。






















はやく、あたしたち、おとなになれたらいいのにね。


自分達の事や自分達の大切なものを、きちんと自分達の手で守れる力がはやく欲しいよ。






















そして、あたしは新しい生活をスタートさせた。





























「2番です」

「はい」



カランコロン。


「いらっしゃいませ」



キリマンジャロでございます。




ああ、今日もいるな。

目で会釈すると、マスターに続き幼顔のこけしちゃんが、笑顔で返してくれた。




「小林さん。ごゆっくり」


























けんさん、もとい、小林賢治こばやし けんじさんは元々あたしのバイト先の由緒ある喫茶店にいつも決まった時間に現れては黙々と何かを熱心に書き続け、そしてエスプレッソを頼みまた黙々と書き続け、エスプレッソを運んでくるあたしにやたらと話しかけてきては、少し会話を交しつつカップが空になるとススッと後片付けをして「じゃ、ごちそうさま。」とだけ言い、店を後にする不思議な常連さんだった。



すらりとした長身。

細すぎず、かといって中年太りもしていない。

いつも品のよいモノトーンのシャツとパンツを着こなし、分厚い黒縁眼鏡を掛けた優男風のダンディズム漂う静かな人。


いつも難しい顔をしていて、高い鷲鼻の上の眉間に深く刻まれた皺はこすっても消えなそう。


父と同じ年代だろうか?

マスターと時々会話している内容は、たまに帰ってきては熱烈な愛情表現をかましてくる父親が好きな歌やその世代の流行りの話をしていた。


あの人ね、物書きだけどすごく歌も上手いんだよ。

美声って言うのはあの声の事言うんだね。



確かに、語りかけてくるその声は、とっても柔らかく甘美なバリトンの響きを奏でていた。


ただ、常連と言っても基本的には寡黙で、私に話しかけてくる内容は他愛もないものばかり。

「今日は花粉が飛びまくるらしいからマスクして帰ったほうがいいよ」と使いきりマスクを置いて帰ったり、

「今日は一雨来るらしいからこの傘置き傘ね、で君が使ってくれたらいいよ、また店においといてくれたらまた僕が持って帰るし」と言って傘を置いていくと必ず雨に降られて傘を使う羽目になるとか、

まぁまぁちょっと偶然にしては出来過ぎだけどあり難いしキモいお客さんと言う訳でもないし、と静観していた。


何よりこちらは花の女子高生、あちらはどう若く見積もっても35は超えているだろう。

だとしたら、20も下の小娘のことなど弄ぶには赤子の手をひねるより簡単と言うものだ。


その手には乗らないぞ、と固く誓い、バリトン黒縁眼鏡ダンディさんが来る時は最大限の警戒を持ってして対応するのだった。










だが、しかし。

















天然爆弾ダンディは、そんなあたしを気にする風でもなく、とんでもない爆弾を落としてくれた。












ねえ、君の名前って、素敵だね。千津さん。


千津。


たくさんのひと、もの、すべてを潤すことが出来る。


命の水。



何物にも代え難い、砂漠の中のオアシスのように。













瞬間。


幼いころの母の声が、フラッシュバックした。























ねえ、千津ちゃん。


あなたのおなまえはね、たくさんのひとやものを潤すことが出来る人になって欲しいって意味が込められているんだよ。

























突然、そう言われて、あたしは目の前のダンディな常連さんが急に眩しくキラキラした直視できないなにかになってしまって、「・・・・ありがとう、ございます・・・・」と返すのが精一杯だった。




初々しい二人を書きたかったんです。

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