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17.憧れの女性(ひと)

いつだって彼女は優しくて、あたたかくて、ひだまりみたいだった。


でも、たまに雲が出て翳ると涙の痕が見えるんだ。


そんな貴女をただ、笑顔にしたい。


それが、俺の願いだった。


最初の記憶は、泣き顔だった。



いつも、おじさんに泣かされてた、あの人の涙は、ただただ美しかった。

だけど、それ以上に。

笑顔がとてもやさしい、素敵な女性だった。



そう。

おれの中では、あのひとは、幼馴染の母親なんかじゃなく、ただ恋焦がれる一人の女性だった。



















いつからすきになった?


もうきっと、気付いたときにはすきになってたんだ。



「よろしくね。啓一くん。」


おばさん、まりこっていうの。あつふみおじさんの、おくさんです。

こんど、啓一くんの弟か妹さんと、おないどしの赤ちゃん産むのよ。


啓一くん、おばさんの子とも、仲良くしてあげてくれる?



「もちろん!あつふみにいちゃんのこどもなら、おれのきょうだいだよ!」



そして交した指きりの約束。

忘れるものか。


たとえ彼女がおれの目の前から消えてしまったとしても。

この、小さな妹達を守らないと。


おれは、あいつらが生まれたときからずっと。ちゃんと兄貴としてやってきたつもりだ。
















「万里子さん。」


あ、啓一くん!


振り返った万里子さんの笑顔は、古い記憶の万里子さんの泣き顔より、断然、魅力的で、本当にかえってきたんだと、涙が出そうだった。


厚史兄ちゃんと離婚して、身一つでこの街を去った初恋の人。


もう、二度と会えないんじゃないかと思ってた。



実は、中学生になった頃から、毎年、時間を見つけてはゆかりのありそうな所はずっとあたっていた。貯めたこづかいや年玉、バイト代などから捻出して。親父達や弟達にもナイショで。


そして、ようやく東京で博物館の学芸員をしているということをつきとめて、会いに行ったのは高2の夏。


「啓一くん。ひさしぶりね。元気にしてた?」


待ち合わせ場所のホテルのロビーでそう声をかけてきた女の人は、息を切らせてやってきた。

俺の胸ほどまでしかないかわいらしい背丈なのに、ピシッとスーツを着こなし、ふんわり笑うその顔は、妹同様かわいがっている千津とそっくりで、俺は、涙をおさえることができなかった。


逢えた。

ようやく、逢えた。


逢いたかった。ずっと。ずっと。

あなたに。





















「ねぇ、啓一くんはさ、好きな人っているの?」


もう何度目になるのか、数えるのも面倒なくらい、名前も知らない女子がキャッキャ言いながら近づいて来ては放つお決まりの台詞。



いるよ。

物心ついた時から、ずっと。


ええー、そうなんだー、それって幼馴染の後輩のこと?


違うよ。もっと年上の、大人の女性だよ。


(おまえらみたいな、化粧と恋と流行りしか能がないやつらとは違う)



年上?

へえー、おばさん趣味なの?啓一くんってば。


クスクスクス・・・


テカテカの品のない唇が紡ぎ出す嘲りの言葉に、思わずカッとなって言い返す。


おばさん?少なくとも、おまえみたいに品のない化粧したりしなくても、充分若くて色気もある人だけどな。


なっ!それ、どういう意味よ!


どういうもこういうも、そのまんまの意味だよ。じゃな。



ひどーい!

くるりと背を向けたその女子が地団駄ふんで、きぃーっと甲高い声を発しているのを無視して、俺は、記憶の中の万里子さんの笑顔だけ思い浮かべながらその場を去った。



そんな学生生活を送っていたので、俺はすっかり「謎の年上美女を一途に想っているが報われないかわいそうな残念イケメン」という名誉なんだか不名誉なんだかよくわからない評価をつけられ、弟達はまったくその年上美女に心当たりがないので(まさか千津の母親だとは夢にも思っていない)、同じ位物心ついた時からそれぞれ片想い中の弟や幼馴染の美波からは、相手は知らないが長年片想いが報われない者同士だと思われそこそこ相談をもちかけられることはよくあった。


そのたびに言ってたことがある。


「いいじゃねえか、おまえは。相手がそばにいるんだから。まだ、終わりじゃねえよ。」


おれはさ、今。相手が何処にいるのかもわからねえんだから。


遠い空の下、何処かで、泣いているあの人の涙をはやく拭ってあげたいだけなのに。


子どもの俺は、ただ、想うしか叶わなくて。早く大人になりたかった。












その久しぶりに再会できた夏以降、定期的に万里子さんには会いに行っていた。


そのたびに、千津と佐緒里の写真などを手土産に、万里子さんとの時間を重ねていった。


万里子さんは当然、俺が長年片想いを拗らせているなんて知らずに、娘達の成長した姿を写真で眺めては嬉しそうに俺の話を聞いてくれた。


万里子さんは記憶の中でずっと老けないままだったのが、それなりに歳を重ねて、でも、やっぱり俺の好きになった万里子さんで、あの頃よりもっともっと素敵な女性になっていて、俺はたぶん一生この人以上に好きになれる人にはもう出逢えはしないだろうと思った。



頑なに、約束だから、と、俺達の住む街には近づくことなく、万里子さんは東京でそのまま学芸員を続けた。


俺も、詳しい離婚の原因は全く知らなかったので、帰ってきてくださいよ、とは、軽口でも切り出せなかった。





















そんなある日。

千津が、秘密の相談があるから、どうしても二人だけで話がしたいと言ってきた。


案の定、俺が密かに万里子さんの居場所をつきとめていることを知っていて、どうしても母親に直接相談したい事があるから連絡先を教えて欲しいという話だった。


勿論、すぐ伝えた。

実の娘だ。彼女がそれを望むなら、最初から俺は即座に教えるつもりでいたから。


啓一にいちゃん。

今まで、ごめんね。知らない振りさせてて。

一生懸命、探し出してくれたんだよね。

ありがとう。

無駄にはしないから、絶対。大丈夫だから。

ごめんね。




あのとき、親子の問題だからと思わないで、ちゃんと話をもっときいてやればよかったと、その事だけは今でも後悔している―――



それから三年。

奇跡が起き、厚史おじさんの代わりに、初恋の人はこの街にまた戻ってきてくれた。


なのに。

おれはすれ違いで、来年春にはこの街を出て自衛官になるための学校へ入る。



なんでこの仕事を選んだのか?

万里子さんの近くにいたいだけなら、普通に東京でサラリーマンやればよかった。


けど、それじゃダメだって思った。


万里子さんが、遠慮なく俺を頼れるように。彼女をもう二度と、悲しませる事のないように、護れる男にならなきゃいけないと思ったんだ。



彼女の相手になれるなんて思った事は、ない。

きっと、彼女にとっては、俺はあくまで、娘の幼馴染から昇格出来やしないことは明白だったから。


ならばいっそ、遠くからでも、直接的な形じゃなくても、万里子さんの事を想い続けながら、彼女の住むこの国そのものを護るやつになる。



そう決意して、俺は結果的にこの生まれ育ったたいせつな人との思い出の街を去る事を決意したんだ。








軽く世間話をして、正社員になりたいけどなかなか…という万里子さんの浮かない顔を見ると、俺はぎゅっと胸を締め付けられるような衝動を必死で抑えながら、大丈夫、と彼女を励ました。


貴女はいつも、頑張ってる。

その努力が報われないわけがない。

願うなら――――俺にもそのほんの少しでいいから重荷を分けて欲しい、頼りにして欲しいんだと言い出しそうになる。


この人の力になりたい。

単純に。



啓一くんはもう内定決まったの?と、問う彼女に、航空自衛隊への内定が決まっている事を告げるとかなり驚かれた。


まぁ、自衛隊の中でも航空部門はなかなかいないからな。

でも、実は自衛隊に決めた理由は、他にもある。


うちの…あ、亡くなった祖父がね、自衛官だったの、おかの方だけどね。戦前からだったから、当時は陸軍よね。

お国を護るって大変なお仕事だって…。

本当、すごいわ、啓一くん。


そう、他ならぬ彼女の肉親が自衛官だったからだ。


彼女は色々事情があり、祖父母の家で暮らしていたらしい。

なので、自分の親代わりの祖父が身近な存在だったのだ。


その人に近い存在になれれば、彼女とも繋がっていられるかも知れない――――――我ながらなんと身勝手な理由だろう。

だけど、それでも良かった。

彼女に少しでも、俺を頼りになる存在だと認識して欲しかったから。



うちの娘達、本当、親を反面教師にしてるというか…浮いた話の一つもなくて、まぁあんな事があったから…


言いよどむのも無理はない。

実際、今回彼女がここに戻ってくる事になったのも、彼女の元夫である平岡のおじさんがやらかしたからだ。

子どもの頃の俺は知る由もなかったが、きっと娘と離れ離れになったのも似たような騒ぎを起こしたのではないだろうか。

今にしてみれば、そういう風に思わざるを得ない。


それほど、彼女は娘たち家族だけでなく、俺たちのことをたいせつにしてくれていたのだから。

投げ出してしまうほど、逃げ出さなければ心が潰れてしまうような出来事があったに違いない。



大丈夫です、ゆっくりやっていきましょうよ、まだ始まったばかりなんですから。

僕も力になりますから。


貴女の為なら。

いつだって、飛んできます。



つい、口に出してしまった。


あ。


眼下の彼女の顔を見やると、真っ赤になって口を開けて呆然としていた。


え?

あれ・・・

もしかして、希望、あるかも?



じゃ、またなんかあったらいつでも連絡くださいね。

と言い残し、必死でにやける口元を押さえて俺は自分の家に戻った。



やべー・・・

あんな彼女の顔、初めて見た。


俺が。

あんな顔させたんだ。


今すぐ叫び出したくなる様な喜びを噛み締めて、自室へ戻ろうとした俺を「何、朝からニヤニヤして…」と、母親が呆れた目で見ていたとは気付かないほどだった。


久しぶりすぎる更新になっちゃいました。


啓一くん視点。

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