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16.足取り軽く 恋せよ乙女

なんでも頼ればいいってもんじゃない。


ひとりきりでも耐えなきゃいけない時間ってあるはずだろう?


彼女さ、もうすぐ文化祭なんだって。準備で忙しいからって相手してくれなくなっちゃったよ。


二人きりの楽屋で、賢治のちょっとおどけたような、だが言葉の端々にどこかやるせなさを忍ばせた声が静かな空気をやわらかに絶つ。



文化祭、か。懐かしい響きだな。

楽しかったなぁ、色々大変だったけど。


ああ、そうだったな。



思わず頬がほころんだ思い出は、おれの、おれ達の大切な思い出の一つだ。



コンコン。


「はい。」


「本番です。よろしくお願いします。」



んー、と伸びをして、大きく息を鼻から吸い、腹の底から出す。


ガタン。


俺と賢治が立ち上がった瞬間、ピリッと楽屋に緊張感が走る。



いいね。

この緊張感がたまんねーんだよな、毎回。


「んじゃ、ま、行きますか。」


「だな。霧島!」


「行くぜ、賢治!!」



そして、おれ達は同じ光の中へ飛び込んでいく。

賢治の隣に立つのを許されたのは、おれだけだ!





















こないだの電話を最後に、しばらく小林さんには自分から連絡しないと決めた。


そうじゃないと、このままずるずるとなし崩し的に縋りついてその胸に抱き付いて泣きたくなってしまうと思ったから。


既婚者で、子持ち。

ネットにも公式にも、そう公表されている彼の事は、想うだけできっといつもと同じように想いは実らず片想いで終わってしまうんだと思っていた。


なのに、時々錯覚をおこす。

彼もあたしのことを憎からず想っていてくれてるんじゃないのかって。

それとも、あたしのこんなわかりやすいミエミエの子供っぽい恋心をただ単にからかっているだけなのかな。

たぶん、どちらかと言うなら後者の可能性が99.9%高いだろう。自分の父親と同じ歳の大人になりきった大人が、自分のようなまだまだ乳臭い子供の初心な恋心に真っ向から切り捨てるには忍びないと、優しく諭そうとしてくれているのかも知れない。




「ねえ!聞こえてる!?ここ、しっかり持ってて!!」


はっ、しまった!

クラスメイトの少々キツめな声が、現実へと引き戻す。

すっかり自分の中で解決で着ない問題を悶々と考えていて自分が今文化祭の準備中だったことをすっかり忘れていた。


「あわわっ、ごめんなさい!」


あたしは今、衣装の合わせをしているところだ。


この学校の文化祭は、1年次だけは全クラス出し物が体育館の舞台を使った出し物をすることと決まっている為、多数決の結果「ロミオとジュリエット」を少し現代風にアレンジしたオリジナルの脚本を演劇として発表する事になった。

脚本は同じクラスの演劇部に所属する子が主に担ってくれる事となり、あたしはジュリエットの乳母役的なキャラクターを演じる事となった。


「おー、ちづー、似合ってんねー、メイドの衣装♪」


「咲ちゃん。」


藤原 咲。高校にはいってからできた友人の一人で、今回の劇の脚本を書く藤原姉弟の姉のほうだ。

キュッと旋毛のあたりで高くしばられた馬の尻尾のようなポニーテールを揺らしながら、人好きのする柔らかな笑顔が特徴的な女の子。

けれど見た目に反して決して体育会系科目が苦手と言うわけではなく、女バスや空手をやっているあたしやみーちゃんにも負けず劣らずの体力の持ち主で体力測定ではあたし達がクラスの1~3位を独占していた。


「陸がさぁ、おまえに脚本なんか書くの無理だろ!って言うから、目に物見せてやろうと思ってやってみたら案外面白くって。部活の先輩達の苦労もわかって、なかなかいい経験できたよ。」


陸くんというのは、咲ちゃんの双子の弟で、二人は二卵性の双子だというのに性差もないのかと思ってしまうほどそっくりの顔つきをしている(本人達はそれが気持ち悪いよねなんて言ってるけど)、そーちゃんと同じサッカー部に所属してる男の子。

別のクラスだから彼と咲ちゃんが姉弟漫才のような会話を繰り広げているのはあまり見る事ができず、残念だ。


え?ロミオとジュリエットは?

…もちろんそれも多数決で、そーちゃんとみーちゃんが圧倒的な得票で決まりましたよっと。

ロミオの友人役はわったんがやることになった。

まぁサッカー部のWプリンスだから最高のチョイスだよね、既にその前評判で練習が始まってまだ間もないと言うのに野次馬がすごい。こんな大勢の前で演劇なんてお遊戯会以来だよ!!緊張するなぁ…。


「な~、ほんますっげー人来てんな~、オレちゃんと台詞覚えられるか心配やわ~!」


そう声をかけてきたのはロミオの怒りを買い殺されてしまうジュリエットのいとこ役に抜擢された松永君。

松永君は男子バスケット部で1年生ながら唯一レギュラー入りを果たした期待のホープで、普段から女バス男バスは交流があり話しやすい環境にあるので劇の配役が決まってからは同じ場面で登場することが多い者同士よくこうして息抜きの会話を楽しんでいた。


「ね。あたしなんて学芸会以来だよ。緊張で最近眠れないくらいで…」


「そこまで深刻にならんでも!ま、ひらお…じゃなかった、安友は真面目やからな、わからんでもないけど。1学期の水泳大会も球技大会も大活躍やったしなー」


そう。苗字を変えた事を公表したのはこの2学期からなので、ようやくクラスメイト達にも馴染んだ「平岡」という苗字の印象は、そうそう簡単に消えてくれはしなかった。


「いいよ、平岡でも。ってか、ややこしかったら名前で呼んで。あたしもまだ呼ばれなれてないからついうっかり聞き逃しちゃうかも知れないし。」


「なんやそれ!まぁええわ。じゃ、本人からの許可ももらったし、ちーちゃん!って呼んでいい?」


「いいよ。じゃ、松永君はみんなに呼ばれてるのまっちゃんだったね!よろしく、まっちゃん!」



美波はこっそり浮かれていた。


ふふ。私がジュリエットだなんて、ラッキー!!

今まではなかなかクラスが一緒になることなかったから、相手役に選ばれるなんて思ってもみない幸運だわ。

って言っても、あいつは案の定千津の方ばっか気にしてるけどね…本番はちゃんとしてよ!まったく。



蒼士は密かに悩んでいた。


はぁ、ロミオとかめんどくせー。まぁ相手が美波だからまあいいけどよ、他の女子とかよりかは。千津に誤解されなくて済みそうだし。

…いや、逆に美波だから気をつけねーといけねーとこもあんのか。

やっぱめんどくせー。

…相手が千津ならな。とかねーか。乳母役とか世話焼きなあいつにぴったり過ぎて逆にウケるな。


ん?そういや、さっきから千津が楽しそうにしゃべってるの、男バスの松永じゃねーか。

元から仲良かったのか?特に1学期中はそんなそぶりも見受けられなかったが。

な!やつめ、千津の頭を気安く撫で付けやがって!許せん!


悩みながらもジェラシーの視線を飛ばしまくり、後に部活でこっそり他の友人に「ひらお…安友だけはやめておけ、血を見る事になるだけだ」と警告を受け、練習中も千津とはよそよそしくなってしまったのは、別に俺のせいじゃないはずだ。(キリッ)











ねえ、文化祭っていつあんの?


最近こちらから連絡しないせいかただ単に忙しいのかはわからないが、小林さんは喫茶店に全く姿を現さなかった。

その代わり、稽古の合間を縫って定期的に霧島さんが来てくれる様になった。

賢治みたくカッコよくエスプレッソとか頼めたらいいんだけど、と少し照れながら彼が注文したカフェモカを指し出すと、唐突に文化祭の予定を聞かれ来週の金と土ですよ、と無難に返す。


それ、金曜にお忍びで行っちゃダメ?


え。


その文化祭って、外部の人間も入れたよね?たしか。


確かに霧島さんが言うように、うちの学校は生徒が外部の招待客用のチケットを5枚もらえるので、家族とか以外はその招待券の数以内なら誰でも呼べる。


君達さ、ロミオとジュリエットやるんでしょ?おれ等も同じやつ高校の時やったなーって盛り上がって、見たくなっちゃってさ。そういうの見ると新鮮で刺激も受けるし、ちょうど公演と公演の合間で隙間が出来ててさ、仕事も。どうかなぁ?迷惑?


迷惑ではない。が、当日は自分も準備でまともに案内で切る時間がないのと、仮にも霧島さんは有名人なのだ。一般の高校の文化祭に現れたとなると混乱が生じるかも知れない。


大丈夫。騒ぎにならないように、隅っこの方で舞台だけ見たら帰るから。それでならいい?


それなら会場は暗いしバレないかも。せっかく来たいと言ってもらえたのだし、ぜひいらしてくださいと答える事にした。


だいじょーぶだいじょーぶ、こう見えて案外おれ達街中フツーに歩いてるぜ?きみんとこの喫茶店に賢治かよっててもネタになったりしないでしょ。


まぁそれはたしかに。

ここでしょっちゅう現れる二人を特に他の客が気にしてる様子はないし、記者らしき人間が現れたこともない。

なかなか所属会社とマネージャーが優秀なのと、そう一般的ではない(と本人達は言っている)方なので追いかけられる事はないのだと言う。


じゃあ今度お渡ししますね。たいしたおもてなしは出来そうになくて恐縮ですが、楽しんでくださいと笑顔を向けると、霧島さんも満足そうに笑みを返してくれる。


ああ、明日か明後日あたりにまた取りにくるよ。…あ、枚数は賢治の分もよろしくね。アイツさ、素直に千津ちゃんに頼めばいいのに、そんな迷惑になる様な事頼めないからって言ってきやがるんだぜ。そのせいで台本直しや稽古が上の空になる時あるのによ。全く、素直じゃねー男の相方は大変だぜ。


ええ?そんなまさか、と驚いて見せたが、ただ霧島さんは愉快そうに笑うだけだった。









文化祭、ますます失敗できない理由が出来てしまった。


あたしはその日から、また睡眠時間を削って劇の練習をするようになったのだった。

それが思わぬ騒動の最大の原因になろうとは気付かぬままに。




千津ちゃん、悶々としてますね~。


いよいよ文化祭が始まります。

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