12.彼女と俺はただの親戚
自覚がないって、このことだ。
夏雲が空をつきぬけるようにもくもくと上へ上へとのびている。
ああ、夏はいいな。
暑ぃけど。
キクさん、どうして私の事探しにきたの?
きょとん、という形容詞がお似合いな様の彼女に、俺は思わず嘆息した。
「そりゃおまえ、あんな状況で飛び出してったら心配もするだろーが。」
運悪く、俺と出掛けた先で想い人とその彼の片想いの幼馴染との2ショットを目撃してしまい、矢のような速さで走り出した彼女にポンポン、と俺より高いんじゃないかと思う長身の、太陽の光に透けて金髪がかった亜麻色の頭を優しく叩く。
「心配要らないよ、私、これでも結構強いんだよ?」
バカやろう、心の強さは違うだろーが・・・
俺の呟きは暗雲垂れ込めて今にも降り出しそうな雨雲の中に溶けていった。
話は数時間前にさかのぼる。
<ねぇねぇキクさん、今暇ならちょっと連れて行ってほしいとこあるんだけど!>
久々の丸一日オフで、
寮の掃除をし終わりさて買い物にでも出掛けるかと考えていた矢先、
スマホがバイブし着信を知らせてきた。
聞けば、こないだ出来たばかりのショッピングモールに行こうと思い立ち
いつも仲の良い幼馴染たちを誘ったが、
いずれにも断られてしまったのだと言う。
で、俺かよ。
コイツ、ほんと昔っから友達いねーのな。
彼女の父方の祖父がイギリス人で、その血が色濃く受け継がれた彼女は、
幼い時から西洋人形のようで
透明な白い肌に透ける様な亜麻色の髪を揺らす様は
まさに「オヒメサマ」だった。
菊原洋介。
それが俺の名前。
職業、いちおー子供の憧れのプロ野球選手。
まだ一軍入りしたばっかのペーペーだけどな。
で、美波とは、母親同士が従姉妹にあたるハトコの関係。
この美少女は顔と体形に似合わず空手の有段者で、今は怒らせると怖いが幼い頃は洋にい、洋にいと雛鳥のようにくっついて歩いていたほど愛らしい子だった。
俺が寮生活になりなかなか本家に顔を出せなくなってから、
いつの間にか雛鳥から自由に羽ばたく
白鳥のように成長したハトコは俺の事を
洋にいではなく苗字のキクさん。と呼ぶようになった。
兄貴は勝にいなのになんで俺だけキクさんなんだよ。
そう拗ねた様に問うたところ、
彼女は悪戯っ子のように目を細めてふふっ、と笑いながらこう答えた。
「だって、キクさんは将来プロになる人だから。
みんながキクさん、キクさんっていうように絶対なるもん」
その前に私が呼び始めてたら、私の専売特許でしょ?
と、わかるんだかわからないんだかの謎理論を繰り出してきた。
いいの。
私だけがわかれば。
そう言って見上げてきた彼女の瞳は、
吸い込まれそうなくらいに輝く空の色だった。
あれから、俺は、
あの空色の瞳の少女を喜ばすためにバットを振りボールを取っている。
10も離れたただのハトコが、心のど真ん中に居座る人になったのだ。
閑話休題。
話を戻す。
で密かに想いを寄せるハトコ殿からお誘いを受けた俺は、
丁度買い物にも行きたかったし、そのショッピングモールに
気になる店がいくつかあったのを確認したので二つ返事でOKした。
車で行くわ、と言った所、出来たばかりだから多分駐車場は
何時間待ちというレベルだろうからやめておけと言われた。
停めるなら自分の家の駐車場にしろと。
両親は仕事でいないらしい。
はあー、まぁこれも昔っからだけど、
あくまで俺は親戚のおにぃちゃん扱いなのね。
まぁいいわ、ほんなら車で家まで行くからそっからバスやな。
<え、キクさんバス乗るの?>
アホか!俺かてバスくらい乗るわ!!
<いやー、だってほら、一応プロやし?気をつけないとフライデーされるとか?>
あるかんなモン!
あったとしても、おまえはハトコじゃー!
<あ、そっか。そうだったねー>
なにかコイツ、いっつも肝心なトコは抜けてんだよなぁ。。。
はぁ、まぁ、そういう事やからおまえは大人しゅう家でまっとれ、ほな。
プーッ、プーッ。
はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。
長い長いため息をつく。
ガキの頃からの付き合いって、踏み出すのシンドー。
でもま。
のんびりいくつもりやけど。
幼馴染君とおんなじくらい、こっちも昔のあの子の話ならたくさん知ってるわけやし?
それから買い物自体は楽しく終えた訳だが、
やはり美波の顔はどこかふっきれてない感じだった。
それから1週間後。
「ねえねえキク、キクがロリコン変態ってホントなん?」
ガクッ!!
素振り中の俺は突如ふりかかった不名誉な称号に膝から崩れ落ちる。
「だっ、誰がスーパーデルモ体型のハーフ系
美少女女子高生に入れ込むロリータ変態親父だってえ!!」
「いや、俺そこまでどぎつい事言ってへんし。」
ニヤニヤとするヨッシーに練習中でなければ今すぐ飛び蹴りをかましてやりたい。
「へー、今度の彼女はハーフ系なんだ。
しかもデルモ体型の。すげーじゃん。
そんなスーパー女子高生とどこで知り合うたん?」
「ナイショ。てかヨッシー、
おまえもちゃんと素振りせえよ。最近打率落ちてんぞー」
へいへい、練習の鬼キクさんの言うことは違うわ~
などとほざきながら、ヨッシーも自分の愛用バットを担いで去ってゆく。
全く。
おかげでいらぬ誤解を受けてしまいそうなことをついポロってしまったではないか。
美波にはああ言ったものの、一軍所属でアラサーの独身男は
この球団では自分くらいなもので、他は皆気心知れた中学やら
高校の同級生と早くにくっついてしまっているので
それだけでもマスコミは誰と付き合ってるのか
女子アナかそれともアイドルかと躍起になって
ネタ探しをしてくれるもんだから、
うっかり美波への気持ちがバレようものなら
変態オッサンと女子高生ってそれってどんなエロ小説!?
みたいなゲス記事に仕上がる事請け合いだ。
何より、彼女には一途に想い続ける幼馴染がいるというのに、
こんな親戚のオッサンなんていくら憧れの職業だと言っても
相手にされないのは火を見るより明らかだ。
結局あの日のデートは変装も役立ったのか
金曜日されることもなく、俺は今日もこうして練習に打ち込んでいる。
ブンッ!!
ブンッ!!
煩悩を振り払うように、無心にバットを振り続ける。
なあ、美波。
お前は今、泣いてないか?
新キャラ一気に二人も。
まだまだ登場人物出てきますよ。