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4 それから

 しばらくの間はそうやって過ごした。


 確かに自分の能力が成長するはうれしいし、楽しい。


 転生ものの小説を読んでいるとき、本当にこんな状況に置かれて楽しんでいられるのかと疑問に思うことも多々あったが、しかしこれは楽しい。目に見えて、というか音に聞こえてわかるというか。なんというか実感しやすいのだ。


 最初のうちは、都合のいい鑑定スキルなんてものがないかと模索してみたりもしたが見つからないので完全に手探りである。


 しかしまぁ、手探りである分自分で探っていく楽しみがあるのだ。


【念力 2が念力 3になりました】


 こんな風に。


 そうこうしていると、俺も力の使い方が段々とわかってくる訳で。このくらいになると、自分の身体を動かすことくらいなら簡単にできるようになっていた。


 とはいえ、自分の身体を少し転がす程度しかできないのだが。

 

 しかし、退屈だ。

 目に映るのは、洞窟のような壁とうず高く積まれた果物やら獣の死体の山である。そして時折供物で差し出すようにやってくるストームライガーちゃんや、見張りでうろうろしているストームライガーちゃん。


 どうにも、ここ数日のうちに愛着が湧いてきたみたいで、心の中ではそう呼んでいる。


 退屈だ。

 退屈なのだ。別の言い方をすれば暇なのだが。

 退屈が人を殺すというのは事実なようで。事実俺は死にかけだった。イベントもなにも起こらない。自分はまるで宝物のように扱われていて、喋ることもできない。暇で暇でしょうがないのだ。


「ガルルゥ」


(いつもありがとうね、俺食えないけど)


 心の中でストームライガーちゃんに話しかけるという愚さえこなすようになってしまったら、もう自分は終わりなのかもしれないとさえ思えてくる。


 だからこそ俺は思った訳ですよ。


(そうだ脱出しよう)


 と。


 ここいにいれば確かに安全だ。安心だし、死ぬこともない。まぁ石なんてものである俺が死ぬかとは甚だ疑問であるのだが、しかし砕けることはあるだろう。つまり死ぬとは俺にとって砕けることだ。

 砕け散っても生きているのなら、きっとそれはもはや化け物だろう。


 なにより。


(念力のコツも掴めてきたし、決行するなら早い方がいい。こいつらの生活パターンも大体掴めてきた)


 こいつらは基本は昼間を起きて夜を眠る。しかし夜だといっても油断はならない。何故なら侵入者に対処できるようにか、何匹か起きているのだ。このことは夜に見回りにやってくるストームライガーを見て知っている。


 しかしそれ以外は、いない。つまりそこが絶好のチャンスだ。


(決行は夜。俺の現在のMPは6のまま変わらず。転がすだけなら1の消費もないはず。節約して節約していけば、この洞窟から出るくらいはできるはずだ。そこから先は、そこから先で考えよう)

 

 とりあえず、ここから出てしまえば状況は少なからず変化するだろう。





――そして深夜





(見張りは……いない)


 三百六十度を見渡す俺の目に、死角はない。


(よっ……と)


 ぼて、と俺は台座から転がり落ちた。その勢いを殺さないまま、コントロールしてやると、徐々にだが俺の身体が転がり始める。そのままの勢いで、凸凹した路面を転がっていく俺。


(ふ、ふふふ……完璧だ。俺の念力の才能が恐ろしいぜ)


 自分の才能に溺れそうになるが、そこはぐっと我慢してやる。誰だって溺れた瞬間が一番危ういのだ。

 少しずつコントロールして、なるべく消費の少ない地面を選んでやると、俺の身体は流れに乗ったように転がり始める。どうもここ自体が、少し斜めに傾いていたようだ。俺のいた台座の辺りが少しだけ水平だったらしい。


 それを知ったら後は早いものだ。

 ころころと転がって、ついに俺の身体は出口へとたどり着く。


(よっしゃ! MPの消費もまだ3くらい。あと半分でどこまで行けるかが問題だよなぁ)


 それはここを出てからだ。

 まずはこの先にある景色を見ることが大事だ。


(くくく……わくわくするなぁ……。俺の見た景色なんて、最初に見たストームライガーの群れのいた森の他は、この洞窟だけだもんなぁ)


 外の世界を楽しみにしていた俺は、一つ愚を犯したことに気付けない。

 こうなった理由は単純至極。


 一つ、ここに来るまで、あまりの速さに気絶して、気付けばここに飾られていたこと。

 一つ、自分の状態を恵まれていると勘違いしたこと。

 一つ、この種族が何故ストームライガーと呼ばれていたか気付けなかったことだ。


 この三つを浮かれた俺は忘れていたのだ。

 つまり。


(……ん、足元が緑だ。それも遥か下に見える。視界が回転しているような気がする……って! これまさか!?)


 浮遊感。

 加速度的に増していく速度。

 その全てが、俺が落下しているのだという事実を伝えていた。


(ま、またかよ!? 異世界で二回目かよ!? どんだけ落ちたいんだよ俺は!? ちくしょうめ!? け、堅牢! 固くなれ俺!)

 

 身体からごっそりなくなっていくのは、ここ数日で気が付いたMPというものだろう。

 同時に身体が硬化していくのがわかる。


(今度はどこへ行くんだよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?)


 声はどこにも届かない。ただ、落下していくだけだ。






side???






 ぬかった。


 そう気が付いたのは私が目覚めた時だ。意識が混濁している。ぐらぐらと揺れる頭と視界。目に映るのは、私の使っていた馬車で間違いないだろう。


 しかし、いつものように魔力灯はついておらず、馬車の中は真っ暗だった。暗闇に目が慣れない。


「誰か」

 

 誰かいないのか、と声を出しかけた所で気が付いた。

 馬車の外から物音がする。

 同時に、言い争う声。男の声に、女の声。女の声には聞き覚えがある。我が従者であるエミリアの声だ。エミリアの声は、凜としていて、よく通るのですぐにわかる。


 なにかを言っている。

 なにを。


「エミリア?」


 私はそこで、自分が愚行を犯したことに気付く。

 扉を開けてしまったこと。

 それが最大の間違いだ。


 私の視界に飛び込んできたもの。


 月明かりに照らされた森の中で、二人の男女が絡み合っていたこと。それはとてもじゃないがロマンチックなものではない。片方は血を流していたし、片方はナイフを持っていた。


 組み伏せられたエミリアは、その長い綺麗な紫色の髪の毛を地面に地面に無造作に広げて。そしてお腹からどくどくと血を流していて。それでそれで、ええとええと!


「おや、どうやらお嬢様が起きたようですよ? さて、どうします? エミリア」


 エミリアの上に男が粘つくような声をあげる。

 聞き覚えのある声。

 でも信じられない。だってその声は、お父様の騎士の。


「下衆が……」


 エミリアが歯を食い縛るように、悔しそうな声をあげる。その唇からは血が。


「エミリア!」


「お嬢様! お逃げください!」


「逃げろってでもそんな……!」


 私の声をおかしそうに笑いながら、軽装の騎士は笑みを深める。

 

「逃げろと申されましたか。ここは危険度の高い森の中。そんな中にお嬢様一人残していかれることがどんなに恐ろしいことか。くくくっ、あなたは残酷だ」


 笑う騎士の笑顔は、やはり好きになれない。

 ここまでくる道中でだってそうだ。お父様に頼まれたからと、このような男を乗せなければよかったのだ。


 それほどまでに、この男の雰囲気は不愉快なのだ。


「いいですか? よくお聞きなさい。アンナお嬢様。あなたは捨てられたのですよ。実の父にね。残酷なことだ。せめて苦しませることのなきようにとのことだったが、こうなってしまっては仕方がない」


「うそ! 嘘だ! お父様がそんなこと!」


「事実なのですよ。ああ残念だ。あなたほどに見目麗しい人は中々いないでしょうに。しかしその表情が苦痛に染まるとなれば、私は恥ずかしい話ですが興奮してしまいますねえ」


 騎士が笑って、エミリアの傷口に差し込んだナイフをぐりぐりと動かす。


「いぃ……っぎ!?」


「エミリア!」


「さぁ、あなたには選択肢がある。ここで拷問され、エミリアの代わりとなるか。エミリアが死んだ後に殺されるかだ」


 それは。

 それは卑怯だと私は思う。


 何故ならこの選択肢は、どれを選んだ所でどちらも死ぬのだから。どちらも苦しんで死ぬのだから。

 震える唇は、どちらの言葉も発せない。

 吐息が漏れて、汗がしたたり落ちる、動悸が早く、心臓を脈打たせる。それでも、それでも私にはそれしかないのだから。


 だから願う。

 

(ああ……我らが神よ……月神アグナレアよ。どうか、どうか見ているのなら。少しでいい。少しでいいのです。力を貸して下さい。ここからエミリアを助け出す力を)


「さぁ! アンナお嬢様! どうしますか!」


「私は……」


 歯を食い縛ったその瞬間だった。


「が……ッ!?」


 壮絶な音を立ててなにかが落下してきた。

 落下してきたなにかは、騎士の頭に落ちてきた。凄まじい音が響き渡る。頭蓋を陥没させて、派手に血が撒き散らされた。


 そして、騎士の身体がぐらりと揺れて、後ろ向きに倒れた。


「な、にが……っ!?」

 

 疑問に思うも、それを解決する間もなく、私は自然に動いていた。

 血に濡れたエミリアの身体を抱き起す。


「エミリア!」


「お嬢様……いったいなにが……?」


「さぁ……私にもなにがなんだか……」


 騎士の身体を見やる。確かに、先ほど、なにかが落ちてきたような……?


「これは……」


 私の近くに落ちてきたもの。それは。


「石……?」


 瞼のある、大きな、拳大の石だった。


「なんで?」


 疑問に答えるものはいない。

 けれど、これが、この出会いが、私の運命を変えたことは、確かなようだった。

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