38 アルケミストは疲れた
なんかまとまらない。どんな風に感じられているのか知りたい。ファンタジー難しい。
「なんというか、君たちは、この街に対して違和感を感じなかったかい?」
「それは」
確かに感じていた。まるでやせ我慢しているかのように、どこか無理しているような雰囲気だ。
「どうにもねぇ、魚が取れないらしいんだ」
「港なのに?」
「あー、まぁ、無理をすれば取れないことはないんだけど、それでも難しいだろうね」
肩を竦ませて、アルさんはため息をついた。
「ここ最近、すっかり姿を見せなかったはずの魔物がね、出るんだよ。それも大物だ。A級のクラーケンがこの近海を荒らしているのさ」
「クラーケンですって!?」
側で聞いていたエミリアが大声を上げる。
あまり見たことのない剣幕に、私は少し驚いた。だってエミリアはあまり表情を変えないし。
「そんなの、おとぎ話の産物みたいなものじゃないですか!?」
「君たちは、内陸の人?」
「え、ええ、そうですが…….」
「クラーケンは別に珍しくもない魔物だよ。ただ厄介だ。まぁ、災害みたいなものだよ。前に現れてから、もうニ十年は経つ。いなくなったと思われてたんだけどね」
「それが現れたと」
「ああ、討伐に向かう兵士やら冒険者やら、とにかく大量にポーションを注文していくんだ。僕の本分は薬屋じゃないってのにさ!」
言って、アルさんは頭を抱える。
愚痴る気持ちはわかるので、私にはなんとも言えない。
けれどクラーケン。
小さな頃に絵本で見た怪物。
大きな船に絡みつくそれを見て、恐ろしいと思ったこともあった。
「けどまぁ、そろそろ討伐も終わるだろう。なんせ今回の討伐隊には、王都の騎士、アリウスがいるんだ。負けるはずがないからね」
やっと肩の荷が降りるよ、とぐるぐると肩を回すアルさん。
けれど私の表情は優れない。
アリウスという名前。覚えている。故郷の騎士で、武闘会でも優勝した勇猛果敢な騎士隊長。私が知る中で、一番強い騎士。
そんなのが、この場にいるのだ。
私を捨てた、父様の騎士が、ここに。
そう思うと、身体が震えだす。
「お嬢様」
す、と肩に乗ったエミリアの手が、暖かいと感じた。
シャンテがお茶菓子を取りにと、何やら深刻な雰囲気になってしまった場所から逃げた時、シルルと名乗った少女もついてきた。
きっと重たい雰囲気に耐えられなかったのだろう。バツの悪そうな顔をしている。
ーーお師匠さまはざまあみろです。
「なにしにいくの?」
とてとてと後ろからついてくるシルルが尋ねる。どこか小動物のような雰囲気が、自分とよく似ていて、親近感が湧く。
「お菓子を取りに行くんですよ」
「そうなんだ。私もついてっていい?」
「もう来てるんですがそれは」
「気にしないの」
シルルはあのような雰囲気が苦手だ。自分も大概な過去だとは思うけれど、だからこそ重たいのは苦手だ。
「ねぇ、シルルはなんで旅してるんですか?」
こぽこぽとお茶淹れながら、シャンテは話しかける。台所の机を物珍しげに眺めていたシルルはきょとんとして。
「んー、旅に加わったのは最近だけど、あの子の事情に私は関係ないんだよなぁ……まぁ、お母さんの見た景色を見たかったから……ちょっと、なによその顔」
知らず笑顔になっていたのだろう。シャンテは両頬を抑えて、曖昧に笑った。
「いや、なんか、ちょっと取っつきずらかったんですけど、なんというか普通の女の子なんですね」
「なによう、男の子に見えたっていうの? そりゃ身体はこんなんだけど……」
しょぼんとして、ぺたぺたと己の胸を触るシルルに、シャンテは慌てたように両手を振った。
「ち、違うんですよ!? ただあんまり喋らなかったから、その!」
「わかってるわかってる」
くくく、といたずらっ子のような笑みを浮かべて、シルルは笑う。
喜怒哀楽の激しい子だなぁ、とシャンテは思う。
「ところで、あの椅子は嫌がらせなのかしら?」
「え、あー、それは」
一転して、シルルの雰囲気が変わる。
シャンテは先ほどの光景を思い出していた。
ギリギリ机に届く程度の背丈。身体の小ささを。
もしかしたらコンプレックスなのかもしれない。それを知らず踏み抜いてしまったのかもしれない。もしそうだったらやばい。とシャンテが顔を背け冷や汗を流したところで、シルルがぷっと吹き出した。
「あー、ちょっと、なんですかそれ!? 人が真剣に……ちょっともー、笑わないでくださーい!」
からかわれながらも、この子とは仲良くなれそうだ、とシャンテは思った。
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