36 アルケミスト
「お師匠ー? おーしーしょーさまー?」
シャンテが声を上げながら中に入って行くが、返事はない。
店内を見渡せば棚がいくつも鎮座してて、見たこともない品物な並んでいた。見たことがないし、それは使い方がよくわからないものだ。ネジのついた箱や、怪しい液体の入った瓶に、今も奇声を上げている植物のようなもの。
自分はなにかとんでもない人物の腹の中に迷い込んだのではないかという思いが強くなる。
「エ、エミリア……これ大丈夫かな?」
「大丈夫だと思いますよ? まぁ、アルケミストは変人が多いとは聞きますが……」
「アンナちゃん、大丈夫。私もいるから」
私の仲間は心強い言葉をかけてくれるが、どうにも安心できやしない。ルティアもいないし。
しかし、待てども待てども誰も出てきやしない。もしかして、騙されて、外に繋がるドアから兵士達がなだれ込んで来るんじゃないかという思いもある。
あり得ないだろうが。
「あー、お師匠さま! ちょ、もー、こんなところでなにしてんですか!?」
その時、棚の奥へ消えていったシャンテの声が聞こえてきた。
「ちょっと! 起きて下さいよぉ! お客さんですよぉ!」
「んー、お客さんはもうしばらくいいかな……僕はもう疲れてるんだ。っていうか疲れ果ててるんで、起こすのはもうしばらく待ってもらえる?」
「ちょ、こらぁ! 寝るなぁ!?」
なにやら賑やかなことになっているようで。
シャンテの姦しい声と、どこか鈍そうな男性の声が聞こえて来る。そちらの方が、話に聞いた彼女のお師匠さまなのだろう。
私たちもそちらに向かってみると、棚の隙間に転がるようにして、黒く巨大な饅頭のようなものが蹲っていた。
そして、それに向かって蹴りを繰り出しているシャンテの姿も見えた。
私は、自分がどうするべきか悩んだ。
「……ねぇ、エミリア、これ、止めた方がいいの?」
「いいえ、お嬢様。彼女は好きでやっているのですよ」
「そうなの?」
「ええ、出なければこのような者の弟子になる筈がないのですから」
「ちょっと、聞こえてるんですけど!?」
頬を紅潮させたシャンテがエミリアに殴りかかり、無力化された。
「いやぁ、なにか恥ずかしいとこ見せちゃったみたいだね」
奥にあるカウンターに身体を納めたのは、どこか柔和な雰囲気を持つ男だ。メガネの奥から覗く瞳も柔らかく弧を描いている。
「まぁ、なにはともあれ、可愛い弟子の命を助けてくれたんだ。歓迎しよう。ようこそ、我が家へ」
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