33 アルケミストの少女
お待たせして申し訳ないです。
『無事だったかい?』
ふよふよと、一通り叫んだ女の子の前に移動しながら、俺はなるべく安心させるように、落ち着いた声音を意識しながら話しかける。ぎょっとした表情のまま固まる女の子は、こちらを指差したまま、口をぱくぱくとさせている。
……ふむ。
『ダイジョウブダヨー、コワクナイゴーレムダヨー』
「きゃ、きゃああああああああああああああああああああああああああああああっ!?!?」
ずざざざざざ、と効果音の付きそうな勢いで、女の子は後ずさる。が、背後にある岩場に背中をぶつけ「おおおおおぉ……」と、背を仰け反らせて痛そうにしている。
なんだか賑やかな子だなぁ。
それにしても、珍しい服装だと思う。いや、俺にとって珍しいと言うだけで、この世界においては普遍的な衣装なのかもしれない。
所々に金糸をあしらった、紫色メインの不思議な服装。現代で例えるならばストールと言うのが一番近いだろうか。上半身は肋骨より下まであるそれだけで……いや、下に何か着ているかもしれないけど。
小さなおへその下には、まるでホットパンツのようなズボン。ベルトには護身用であろう、小さなナイフが挿してある。
ごついブーツを投げ出して、こちらを涙目で見上げてくるのは、髪の毛と同じ金の瞳。
不安げに揺れるそれを眺めて――
「シュアアアアアアッ!」
――いると、痺れを切らしたのかこちらにゴブリンの内一体が突撃を仕掛けてきた。大上段にショートソードを振り被り真っ直ぐに向かってくる。
まるでそれしか知らないと全身で示しているかのようだった。
『ストームライガー』
俺は、自分がその主であると示して、怖がらせないように、あえてストームライガーを呼ぶ。目の前で威嚇していたストームライガーは待っていましたと言わんばかりに一つ吼えると、風のように駆け抜ける。
女の子が小さく「ひっ」と声を漏らした。
それ程までに接近していたゴブリンが、ふっと、消えた。
いいや、消えたのではない。
駆け抜けたストームライガーの口元には緑色の血を流す肉片がこびり付いている。そして、砕けるようにして、粉砕され、転がっていくゴブリンの死体。
どこを噛み付いたかなんてわからない程に粉砕されたそれは敵に畏怖をもたらすのに十分だった。
後は、数秒もかからない。
瞬く間にストームライガーは、並み居るゴブリンを全滅させた。
こちらに駆け寄ると、ストームライガーは鼻先を下げ、まるで褒めて褒めてと言わんばかりに、こちらを見詰めている。
【オワッタゾ】
『ああ、えらいえらい』
ぽんぽんとカギ爪のような手で傷つけないように……とは言え、レベル差的に俺が傷つける可能性は万に一つもないだろうけど。
だって殲滅してる様子、全然見えなかったんだもの。
しかしこうして見れば段々と可愛げが出てくるものだ。
しばらくそんな風にして、触れ合っていると、ようやく女の子が立ち上がった。
ぱんぱんとお尻を叩いて、こちらに向き直る。ストームライガーと一緒に顔を向けると、一瞬びくりと身体を強張らせた。
「あ、あの……」
消え入りそうな声で、びくびくしながら話しかけられた。
『あー、無事だったか?』
「え、ええ、はい」
……「なんでゴーレムが喋ってるんだろう」と疑問符を浮かべているのがありありと伺えるような、困惑した表情で、けれどぺこりと頭を下げる辺り、どうにもいい人なのだろう。
「あ、あの、危ない所を、ありがとうです」
『いやいや、あんな悲鳴聞こえちゃ助けない訳にはいかないからね』
「う……き、聞こえてたですか」
ほんのりと頬を朱色に染めて、女の子はそっぽを向いた。「なんだこの人間臭いゴーレム」とでも思っているのだろうか。
『所で、君はあの港の人かな?』
「はいです。ヴァリスでアルケミストをやってます。シャンテと申しますです」
こくりと女の子――シャンテは丁寧に名前と職業を告げて、自己紹介を行ってきた。
『そっか、俺はルイン・ゴーレムのルティア。んで、こっちはストームライガーだよ』
俺の言葉に応えるように、ストームライガーが「がるぅ」と喉を唸らせて、隣にやってくる。
シャンテは引き攣った顔で「あ、はは、よ、よろしくです……」と笑った。
――それにしてもアルケミストか。ゲームや漫画なんかじゃ、武器とかアイテムを作成できる職業として有名だろう。史実で考えるとただの詐欺師とされているけれど、俺としては本当に色んなことをしていて欲しいと思う。ほら、サン・ジェルマン伯爵みたいな伝説も残ってるし。
『そんで、シャンテはどうして碌な装備もなしに、こんな所をうろついてたんだ?』
当然の疑問を問いかける。
「ああ、実は仕事で使うマルド草って薬草を切らしてまして、傷薬に関しては依頼も多いので一応集めておこうかなって来たんですけど……」
段々と暗い顔になっていく。
「普段なら魔物なんて出現しない筈の場所なのですが、今日は運悪くゴブリンの群れがいまして……森から出てくるなんて珍しいです。酷い目に遭いました」
はぁ、とため息を吐いている顔を見上げていると「あれ? それって俺らの所為じゃね?」と思えてくる。だってストームライガーって強いらしいし、そんな魔物を連れて、ここまで来たんだ。ゴブリンが森から逃げ出してもおかしくない。
「なので、たとえ魔物だとしても、ルティア達は恩人です。お礼もしたいのですが、生憎手持ちも少ないですし……ボクに出来ることなら、なんだってしますよ!!」
ぎゅっと、両手を胸の前で握り締め、気合のアピールをしている。だが俺はそれよりも聞き捨てならない言葉を聞いた。
そう、ボクと彼女は言ったのだ。
リアルでボクと言う女の子を見るのは初めてだし、違和感もない。その辺りはさすがの異世界であると言える。
――ん? 今なんでもするって言ったよねって言うと思った?
そんなことを考えながらシャンテがこちらを真剣に見つめる様子を観察していると、俺たちの走ってきた方から声が聞こえた。
「おーい、ルティアー!! 大丈夫だったーッ!?」
そちらの方を見れば、レンジャー二人にメイドさん一人の、よくわからん集団が近づいてくる。
と言うか俺の仲間だった。
「……えと、芸人さんの仲間です?」
……うーん、確かに傍から見たらイロモノ集団かも知れない。そして自分もその一人だと言うことに一抹の不安を感じずにはいられなかった。
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