32 ある少女の災難
「……ッ!」
少女は逃げていた。
その少女は不可思議な服装をしていた。各所に金をあしらった豪奢な布地の服装に、金の髪の毛が、まるで馬の尾のように揺れている。
またその金の瞳は、不安げに揺れている。褐色の肌に汗が流れて落ちた。
少女は逃げていた。
何故こうなったのかはわからない。
――いや、正確にはわかっている。運が悪ったとしか言いようがないのだ。
彼女の目的は、ポーションの製作に使用する薬草の採取だ。
いつも通り、大森林の傍で採取できるはずだった。
そう、はずだったのだ。
いつも通りなら、そこに誰もいないのだ。動物や魔物なんかもいないはずだ。巡回兵によって安全は確保されているのだから。
だからこれは運は悪いとしか言いようがない。
「ああもう! どうしてこんなとこにゴブリンの群れがいるですか!」
少女は叫びながら走る。
その背後を追うのは、緑色の肌をした小さな人型の魔物だ。醜い顔にフードを被り、身長は概ね人の子供程度しかない。
しかしその膂力は人の子供の比ではない。
その手に持つのは鉈のような分厚い刃を持ったショートソードだ。
腰布のみを身に纏ったゴブリン、凡そ10匹程度の群。
冒険者たちにはそうでもないが、ただの人には対処のしようがない。
「シャアアアアアアッ!!」
「しゃああああ、じゃないです! 鬱陶しいですね! しがないアルケミストなんかが魔物なんか倒せる訳ないじゃないですか!!」
少女の手元にある武器は、精々護身用のナイフしかない。
そのほかにあるものは、採取用のアイテムバッグと、いざという時のポーションの類だけだ。勿論少女の力では、そのナイフは魔物に刺さりきることもない。
つまり、彼女が助かるには、街まで逃げ切る他ないのだ。
「だ、誰かいないのです!?」
当然、少女の脚では逃げきれない。
それくらいはわかりきっているのだ。
だからこそ、少女は助けを求めたのだ。
「はぁ――はっ」
息が切れる。
もう走れないとはっきりわかる。
徐々に速度が落ちる。
「誰か! 誰か助けてっ!!」
へたりこむようにして、小さな岩場に背を預けて、ずるずると倒れこむ。
その周囲を、ゴブリンの群れが囲う。それぞれが手に武器を持ち、醜い顔を喜悦に歪めているのが目に入り、少女は思わず「ひっ」と悲鳴を漏らす。
ゴブリンの習性として、自らより弱いものを嬲り殺しにするというものがある。またより強いものには協力して戦うなどと言ったものがある。
どちらにも言えるのは、団結力が非常に強いと言うことだ。
ゴブリンの群れともなれば、熟練の冒険者であっても殺されてしまうこともある。
厄介な生き物と言うのが、彼らの主な評価である。
囲んでいた彼らが舌なめずりをしつつ、一斉に飛び掛かった。
「ヒッ!」
と、今度こそ少女は恐怖に目を閉じた。
――ひゅん、と風が吹いた。
「ガァウッ!」
まるで獣の鳴き声。
襲ってこない衝撃に、少女は不審げに眉を寄せる。
獣の臭いに、おそるそる少女は空ける。見開いた目に映った景色。まず初めに尾が見えた。ふさふさした真っ黒な尾だ。
その先に視線を移していく。段々とそれは確信に変わる。
こんな場所にいるはずのない魔物。
その獅子のような体躯に、風を纏う。
大柄な魔物。
高ランクの冒険者でさえ苦戦するその魔物を、少女は知っていた。
「うそ! ストームライガーです!? ま、まって! まってください! どんだけ今日は運がないんですか!!」
少女が叫ぶ。
そして――
『よかったあ……間に合ったか』
ふよふよと浮遊しつつ移動するゴーレムのような魔物が、少女の前に現れる。
「だ、だから今日はなんなんですか! どんな日なんですか! もおおおおおおおおおおおおおおおうッ!」
次々に移り変わる状況に、少女は叫ぶしかなかった。
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*占い師→アルケミストに変更しました




