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28 心の整理

「ね、ほんとにルティアなの?」


『そうだよ、って言っても信じられないかぁ』


「そうね、こんなに変わってるんだもの」


 ひとしきり泣き終わった後、動けない俺の元へアンナちゃんがやってくる。泣きはらした目は未だ赤く、けれどそれを感じさせないように。

 俺の声は、まるで録音したテープのように無機質だけど、それでも前よりは人の言葉を喋ることができている。

 それは言葉を伝えられるということ。

 あのもどかしさも、もうない。


「よかった……死んじゃったかと思ったもの……」


『それは……』


「無茶しちゃだめだよ。あなたは私の幸運なんだから」


『わかったよ……』


 目の前で指を振って、まるで幼い子供を嗜めるようにアンナちゃんは「私怒ってます」とでも言いたげに頬を膨らませている。

 そんなことをされたら、俺の言葉なんてなにを言っても子供が不貞腐れているみたいに聞こえてしまう。


 俺の身長も、拳大の大きさから随分と成長したが、それでも子供くらいの――非常に遺憾ながらアンナちゃんの腰までしかない――身長だ。

 だからなにもおかしくない。

 おかしくない、のだから。


「あー……いいでしょうか?」


「エシルさん」


 ゆっくりと、アンナちゃんの後ろの人垣から人影が歩み出てくる。

 老いた、それでもまだ壮健そうな老人だった。顔に刻んだ皺がその年月を嫌でも想像させる。流れるような長髪をかき分けて、尖った耳が飛び出している。

 ――エルフってやつなのだろうか?

 

 たぶんこの世界には色んな種族がいるんだろう。


「見た所、彼は魔物のようだが……」


 じっと、こちらを見つめる目は、俺のことを探っているように思える。

 それは当然なのだろう。

 ここに、あのストームライガーは入ることができなかった。

 

 それはつまり、結界のようなものがあったに違いないのだ。

 それが意味するのは、俺がここにいることの不自然さだ。明らかに異物なのだ、俺は。


「ルティアは……」


「ルティア?」


「ええ、私が名付けたの」


「幸運ですか……また古い言葉をよくお知りで」


「彼がいなければ、私は死んでいたもの」


「なるほど、命の恩人ですか」


「そうなの」


 言って、老人――エシルさんは俺の前に立つとしゃがみ込み、俺と……目があるのか知らないけど……目線を合わせる。まるで小さい子供を安心させるような仕草。自分には敵意はないと示しているように思える。

 そして小さく頭を下げる。


「ありがとう。君は魔物であるにも関わらず、私たちを救ってくれました。それも命懸けで。本当に……本当にありがとう」


 何度も何度も頭を下げる。

 なんだから申し訳なくなるし、そもそも俺はそういうのが欲しかった訳じゃない。


『顔を上げてください』


「なんと言葉を」


 ばっと顔を上げ、驚いたと言いたげに目を瞬かせる。


『俺は、彼女たちを助けたかっただけで……正直、この村のことは勘定に入っていませんでした。だからそんな感謝されるようなことなんて……』


「それでもですよ。あなたが私たちを救ってくれたことに変わりはないのです。彼らのような騎士が本気を出せば、この村などすぐさま潰されていたでしょう。だからあなたは、結果的には私たちの命を救ってくれたのです。これに感謝を示さないなど、私は私が許せなくなる」


 む、そういうことなら。


『ありがたく受け取りますよ』


「それはよかった。疲れたでしょう? しばらく我が家で休むといいでしょう」


 さて、忙しくなりそうだ、と、エシルさんは呟いた。


『忙しくなるとは……?』


「葬儀ですよ」


 目を伏せ、彼はそちらを見る。

 未だに死体に泣きついたままの家族。

 そこから涙が枯れることはしばらくないのだろう。


「彼の為にも、彼らの為に葬儀は必要なのです。心の整理の為にも」


『そう、ですか……』


「……あの」


 会話の中に、小さな声でアンナちゃんが入ってくる。

 ぎゅっと胸の前で手を握り締めて。まるで決意するように。


「その葬儀、私も出てもいいかしら……?」


「葬儀に?」


 きょとんとエシルさんは目を丸くする。


「ええ……彼らは私の父の兵ですもの……この村が襲われたのだって、私の所為でもあるのだもの……」


「責任は、あなたにはないでしょう? 彼らはあなたを殺しに来たのですよ? それくらい。見ていただけの私にもわかります」


「それでも」


 どうしても引かないと言うように、アンナちゃんはエシルさんを強く見つめる。


「それに」


 ちら、と地面に伏した遺体――俺が殺した兵士たちを見て。


「葬儀の隅っこで構わない。彼らを弔ってやることも、できないかしら」


「それは――」


 エシルさんは言葉に詰まる。それを許してしまえば、この村でなにが起こるかわからないはずがない。


「それは無理と言うものですよ」


「わかってた。でもどうか、彼らがアンデッドになることだけは、ないようにしてくれないかしら」


「それは勿論。わざわざ敵を増やすようなことはしませんとも」


「……ありがとう」










 葬儀は穏やかに行われた。

 泣いているものもいる。悼んでいるものもいる。怒りを露わにしているものもいる。

 それでも、その感情はここで終わらせる。

 心の整理をつけるため。死者を悼むのだ。

 ここで悲しみを終わらせて、明日を生きるために。

 そっと、アンナちゃんたちも、目を伏せる。

 地面に埋まる死体は、丁寧に取り繕われ、どこか眠っているようにも思える。

 土がかけられ、埋まっていく。

 悲しみの感情と共に。


 それから遠く、村の隅で、兵士たちは炎に包まれる。まるで塵のように積み上げられ、炎の魔法によって着火される。炎はみるみるうちに大きくなり、その煙は天を目指し昇っていく。

 

 その煙を、アンナちゃんはじっと見つめていた。


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