27 彼女のけじめ
『はぁ……はぁ……』
気が抜けた。
がっくりと【浮遊】が解ける。がしゃ、と俺の身体が地面に落ちる。
勝った?
勝ったのか……?
まだ実感がわかない。けれど、勝ったということだけはわかる。
目の前には、ぼろぼろで転がる男――カール。
俺が倒したその男は、身体中に傷をつけ、身に着けていた鎧も破損している。もう立ち上がる力もないのか、地面の上で呻いている。
なにか声をかけようと思った。
だけどその前に、彼女が前に出た。
エミリアさんの手を振り解き、アンナちゃんが彼の正面に立つ。
未だ寝間着のような恰好だけど、それを感じさせない。まるでそう、まるで王女のように、堂々とした様子で立っている。その表情はまるで、憂いているように。
小さく、か細い声。
倒れた男にしか通じないような声。
そんな声なのに、確かに俺は聞いた。
「ね、カール。死ぬの?」
「く、っふ、なんの用でしょう? もしかして私を笑いに来たのですか? はっ、それなら笑えばいいでしょう。あれだけのことを叩いて、このザマです」
「いいえ、そうではないわ。私は問いかけに来たの」
「問いかけ? なにを問いたいと言うのでしょう?」
カールは本当にわからないと言った風に首を傾げる。
げふ、と小さな血塊を吐き出す。俺の拳の威力と、いくら小さいと言っても石が無数に高速でぶつかったのだ。内臓の一つや二つ傷ついていてもおかしくはない。
「私が聞きたいのは一つだけ。本当に、お父様は私を捨てたの?」
「はっ、なにが聞きたいかと思えば……」
くはっ、となんだ今さらかと言うように、カールは嘲るように笑う。
「その通りですよ。あなたの父――フェムトの国王はあなたを捨てたのです」
「そう――なのね」
予想した通り、とでも言いたげに、アンナちゃんは呟いた。
そして「そっか」と小さく呟いた。
「うん。ありがとう、カール。私はそれだけを聞ければいいわ。この場でのことも、どうせ死ぬあなたに、私はなにも要求することはできない。あなたができることは一つだけ」
「ええ……ええ、そうでしょうとも……げっほ……」
先ほどまでの威勢のよさはどこへ行ったのかと思うほどの弱り具合だ。それは、己の最後を知っているからなのだろう。
「エミリア」とアンナちゃんがエミリアさんを呼んだ。
「なんでしょう?」
「エミリア、あなた、持っているのでしょう?」
と、なにかを要求するように手を差し出す。エミリアさんはその手を見て、困ったように瞳を揺らす。やがて諦めたように顔を伏せると手を降ろした。震える手を、メイド服の裾に突っ込むと、そこからなにかを取り出した。
震えたままの手に握られているのは、刃。
小さな、ナイフ。
それを、アンナちゃんに差し出した。
そっと、アンナちゃんはそれを取る。
「あなたの罪は、関係のない人間を殺したこと。私を殺したいのなら、私だけを殺せばよかった。けどあの人は違う」
そっと見るのは、切られて数時間も経過していない死体。広場の隅で、誰かに抱き着かれて、誰かを泣かしている死体。そういうの、見るのも辛いけれど。アンナちゃんはしっかりと、その死体を見ていた。誰かの大切な人であったはずの死体。
それは、自分たちとは無関係だと。
「確かに私はこの村に逃げてきてしまった。それは、確かに悪いと思う。こんなことになるなんて思わなかった。もしかしたら私は、あの場所で死んでしまうべきだったのかもしれない」
そんなことを言わないで欲しい。
けれど、とアンナちゃんは続ける。
「私には目的があるの。やっぱり私は、お父様に会わなきゃならない。だから、これは最初の一歩。最初のけじめ。この先どんな風になっても立ち止まらない為に」
震える両手を重ねて、カールの胸に添える。
そこにどんな決意があるのか知らない。俺は彼女じゃないから。殺人はいけないことだ。それは、俺が前世が人間で日本人だったからの価値観なのだろう。
俺だってあの兵士たちを殺した。
けど、人間が人間を殺すのはよくないのだと思う。思っていても、止められない。その覚悟だけは、止めちゃいけないと思った。
「く、ふふふ……ああ、最後がこれか……」
「ええ、さよなら。カール」
言って。
振り上げたその腕を振り下ろした。
「うん。ごめん。エミリア。しばらくこうさせて」
そっとエミリアさんの胸元に顔を押し付けて、しばらくの間、アンナちゃんは泣いた。俺にはどうすることもできない。言葉を挟むことができない。
そんな自分が、どうしてか、とても嫌だった。
だから、もっと強くなろうと思った。
彼女のことを、泣かなくていいように。
護れるように。
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