24 死ぬのは怖くないけど、無意味といわれるのは怖い
お前は石だ。
ただの石だ。
それは私がそうしたからだ。
けれどお前には意思がある。
それは私の想定外だ。
だから聞こう。
お前は死ぬことを望んでいるのかを。
お前がこのまま死ぬのであれば、私はお前を生かすだろう。
けれど心しろ。
お前はこのまま死ねると思わないことだ。
お前はすべてを味わってから死ぬのだと。
私は知っているから。
だから、さあ、目覚めようか。
「ふん、こんなものか」
兵士――いや、騎士であるカールは呟いた。
背後、真っ二つになったこぶし大の石が落ちている。すでに動く気配はない。そのことを横目で確認して、カールはようやく周囲に目を向ける。
こちらを畏怖した目で囲う奴隷たち。逃げ出した、粛清対象である存在。吐き気がする。
そして、残った幾人かの部下たちと、死んでいった部下たち。
まさかたかが石ころにここまでやられるとは思ってもみなかった。
それも、愛玩用のミニゴーレムなんかに。
それでも、蓋を開けてみれば、なんと容易いことか。不意をつかれはしたものの、呆気ないほどに終わってしまった。もはやその存在は動くことはない。
その断面図からは魔核の光は見えない。つまりそれは、魔物としての死を表している。
「ルティア!」
アンナを抱いた従者が叫ぶ。確か名前は――エミリアと言っただろうか。いまだに気を失っているアンナも含め、彼女らも対象だ。
カールの任務は粛清と殺害。
王は知っていたのだ、彼女らが何かしらか原因で、生死不明だと。そのため、自分たちが遣わされた。確認し、死んでいるのならなにもしなくていい。けれど生きているのなら、今度こそ殺すようにと。
だからこそ――
「おい従者」
「――」
その、胸にアンナを抱いたまま、エミリアはきっと睨み付ける。
けれどそれも歴戦の騎士であるカールには通用しない。
「王は言っておられた、貴様らも殺せと。ならば私はそれを実行しよう」
「本当に、王が言われたのですか?」
「ああ、本当だとも。貴様らを、今度こそ確実に殺すようにと。この村は――そのついでだな」
「そんな馬鹿な――!」
「事実だとも」
にやりと口角をあげ、カールは嗤う。
まるで嘲るように。
そして、その手に持った剣を突きつける。喉元へまっすぐと向けられた切っ先は、うっすらとエミリアの皮膚を裂いた。
助からない。
そのことが、いやでも理解できた。できてしまった。
エミリアは思う。
せめて、せめて眠っていてほしいと。死んだことにも気づかず、幸運は真っ二つにされたことにも、なにも気づかずに眠っていてもらいたいと。
その方が幸せなのだと。
ああ、だというのに、何故。
「何故……」
小さな呟きが、その腕の中から漏れた。
「何故……彼らが殺されなければならないの?」
うっすらと目を開けたアンナが、カールに問う。
そっと、エミリアの手を抜け出し、しっかりと日本の足で立つ。体に震えは残っている。けれど、それでも立たなければならないのだと。
囲うように立つ村人たち。
もはやあきらめたように、運命を受け入れたものたち。
それらを庇うように、アンナは両手を広げた。
「理由ですか……そうですね、彼らがかつて逃げた奴隷だということもありますし、なによりも彼らの存在はとてもよろしくないのですよ」
「よろしくないとは?」
「存在自体が、ということです。生きていること自体が罪なのですよ」
「だからその理由を!」
思わず激昂する。
しかしカールは歯牙にもかけない。
「それ以外に、理由がいるのですか?」
本当にわからないといったように、カールは口にする。その目を見た瞬間、アンナにもわかった。わかってしまった。どうあっても、言葉は届かないと。何があろうと、カールはその存在を変えることはないと、わかってしまったのだ。
濁った目。
妄信している目。
言葉は届かない。
「私はこう見えて慈悲深いのですよ。ですからあなたから真っ先に殺して差し上げましょう」
す、と剣が、アンナの胸元をうっすらと裂く。
未だ寝間着の、薄い生地しかないそれはあっさりと切り裂かれ、その奥の柔肌に傷をつける。
すぅっと、赤色の線が流れる。
ぴくりとアンナは眉根を動かす。けれど表情は歪めない。負けられないから。
「私の」
「なんでしょう?」
「私の命で、彼らを救うことは、できますか?」
まっすぐに、カールの目を見つめる。ついで、と言っていたのなら、そのことをやめさせることもできるのかもしれないと、最後まで希望を信じて。
ふむ、と一瞬、カールは顎に手を当て、目を動かす。
けれどそれも一瞬。
迷いは、ない。
「しかし命令されたのです。ならば実行せねばならない」
機械的な言葉。まるでそうしなければならないとどこかから強制されたようなそれは、一切の反論を拒絶しているように思えた。
その瞬間、アンナは怖くなった。
話を聞こえないと断言する人間が、ここまで怖いとは思わなかった。
それも、彼らは王の命令。すなわちアンナの父親の命令からここにきているのだ。
だからこそ。
「私の命は――無駄なの?」
「ええ、ここで散らされるのが定めですので」
断言される。
その瞬間、信じていたものも、すべてが決壊した。見開いた瞳から、ぽろりと大粒の涙が落ちる。一度落ちると止まらない。あとからあとから続いて流れる。
だけど、目はそらさない。
そうしてしまえば、負けてしまうから。
だから、いやだ。
「ではさようなら」
一撃で落としてやろうと、剣を振り上げた。
その勢いのまま、振り下ろされる。
『俺の前で!! 女の子泣かしてんじゃねぇ!!!』




