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16 俺だけでやってみろってか!?

 

 人生において、死を覚悟する瞬間ってのは、そう多くないと思う。

 だが、俺はこの瞬間、確かに死を意識した。

 初めての経験だった。

 さっきみたいに誰かが近くにいる訳じゃない。頼みの綱は観戦中だ。そのことから考えて、死ぬことはないのだろう。けど逆にいえば、俺が死にかけるまでは見ているってことだ。

 現実は無情である。

 

 改めて、狼と対峙する。

 名前もわからない巨大な狼は、牙を剥き出して俺の方を睨んでいる。


「ゴアアアァッ!」


 石と同化している俺が魔物だというのはわかるらしい。

 開いた口の中に、ずらりと並んだ鋭い牙が見える。

 威嚇するようにして、逞しい筋肉に包まれた四肢を地面に押し付け、体勢を低く取る。ああ、野生動物の突撃姿勢だ。踏み潰されただけでも死にそう。

 

(な、馬鹿!? ばっかじゃねぇのお前!? こんなん連れてこられてどうしろってんだよ!? ……ああ、いい、なにもいうな。その顔と目だけで伝わってくる。その上でいうけど、お前ばかじゃねぇの!?)


 まるで、さぁ力を見せるのだとでもいいたげに、視線を送ってくる獅子。


(お前が俺になんの期待もってるのか知らんけど、俺、石だぞ? 見ての通りのミニゴーレムだぞ? 戦闘力皆無だぞ?)


 ああもうくっそ! やるしかないのか!?

 なにされたのか知らないけど、狼さんの目、血走ってるし。


 ぐぐっと、脚に力を込めたかと思うと、狼がこちらに跳びかかってくる。


 こなくそ!


(【堅牢】だ!)


 まずは固くなる。防御力を上げないと、俺なんて一瞬で死んでしまいそうな勢いだ。

 びきりと全身の装甲が上がるのがわかる。

 がつん、と俺は弾き飛ばされる。痛みはあんまりない。つうか動けないのにどうしろと?


(どうにか、どうにかこの場を切り抜けよう!)


 俺は吹き飛ばされながら考える。

 こんなチャンスはそうそうないのだ。自分が死ぬことなく、強くなれる機会なんて。強くなりたい理由もしょうもないけど。自身の身体でこの世界を歩くために、強くなるのだ。

 理不尽だし不条理な世界だけど、まだ俺は恵まれているのだ。


 自分にはなにができる……?

 【堅牢】固くなる。

 【念力】ものを動かす。

 【流星】突進技。

 持っている能力で、戦闘に使えそうなのはこの程度。

 これだけしか手札がないのだ。


 木にぶつかって、転がり落ちる。

 その瞬間にも、狼の爪が迫っている。

 なにができる、自分に?


(【念力】!)


 とっさに自分の身体を動かし、転がり避ける。

 

 そうだ、自分の身体を動かすことができるのならば、他のものだって動かせるはず!

 自分は結構思いから難しいけど、小石くらいなら……!


 俺は自分の周囲に散らばる小石に向かって、【念力】をかける。

 すると。


(っしゃ! 成功!)


 小石が浮いた。そのままぶつける!


(くらえ!)


 バスッ! と狼の腹部に当たり、毛に弾かれて落ちた。

 不意打ち気味の攻撃に、狼は一瞬警戒を強め、首を傾げた。 


(ああそうですよ! くっそ! 威力が足りない!)


 他!

 他の手は!


(俺の持っているスキルの中で、攻撃力の高いものは……!)


 それは【流星】に他ならない。なにより、あのギガノボアの装甲を貫いたのだ。

 けれど、これを当てるには、自分を飛ばす必要があるのだ。

 どうする……。

 思い出すのは先ほどのこと。俺は、周りのものに対しても【念力】の効果を付与することができた。

 それならば、他のものに対してもスキルの効果を付与することができる?


 だったら――ッ!


(おらぁ! もいっちょいくぞ狼野郎!)


 転がりつつ、相手の攻撃を躱し、再度小石に対して【念力】を使う。

 そして、さっきと同じように飛ばす!

 さらに【流星】を付与!

 

(小石の流れに合わせるようにして、【流星】を使う!)


 まるで熱せられた星のように光を放ち、小石が宙を飛ぶ。【念力】の制御から外れ、【流星】の推進力で狼に向かって突き進む。

 ボスンッ! とまるで紙の中心を突き破ったような音が響いた。


「ゴアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァッ!!?」


 狼の絶叫が響く。

 くっそ、狙いがずれた! それでもお腹に穴が空くほどの威力。さっきまでとは段違いだ。

 

 しかし喜ぶのもつかの間だった。

 口の端から血を垂らしながら、狼は興奮したように息を荒くしている。血走った眼は、すでに俺に向けられている。そこに敵意が満ちたのを感じた。

 あ、完全に敵認定された。

 その瞬間、狼に変化が訪れる。


 ……獣と魔物。この違いが、ようやく俺にもわかってきた。獣はただの動物であり、いくら巨体であろうとも倒すことのできるレベルなのだ。

 しかし魔物は違う。

 そう、目の前の狼の牙から炎が溢れた。

 燃え上る牙。口の端から、ちろちろと炎が爆ぜ、顔面を覆う。

 つまり、魔物とは、魔法の使える獣なのだろう。

 いや……スキルかも知れない。まだ検証できてないからなんともいい難い。

 ただ、わかるのは一つ。

 どうやらこの狼を、俺は怒らせたらしい。


(どうする? 最大威力の【流星】は、エミリアさんに投げられた時のあれだぞ?)


 ただの石でもいけることはいけるだろう。

 けど、倒すのに時間がかかり過ぎる。俺のMPだって無限じゃないのだ。長期決戦になれば、先に終わるのは俺の方だ。

 なら目指すのは短期。

 ならばこそ!


(多少の危険くらい!)


「ガウウウウウウウウウウウウウウウウウウッ!!」


 飛び込んでくる狼。

 その牙は、狼の必殺だ。顎の力は、どんな生物でも一番強い。嚙み砕きにくるのはわかっている。だからその瞬間にかけるッ!!


(【堅牢】!)


 さらに俺の身体を固くするスキル。

 ガキンッ! と狼の牙が俺の身体で止まる。そのまま嚙み砕こうと狼は力を込める。轟々と炎が燃え盛り、俺の身体を焦がしていく。やばい、熱い! それに、体力がじわじわとだが減っている気がする。

 やっべ! このままだと砕かれる!? 俺の身体から、みしみしと、あまり聞きたくない音が漏れる。

 長く持たんぞこれ!?


(【念力】!)


 自分の身体を飛ばすイメージ。

 イメージするのは先ほどの小石や、投合された時の自分。

 飛んでいくイメージ。


 俺の身体は、前に進もうとするが、挟まれていて進めない。けれど、少しずつ進もうとしているのはわかる。

 だからその推進力を利用する。


(【流星】ッ!!)


 瞬間、俺の身体が光に包まれ、突進を開始する。

 さっきまでびくともしなかった牙が、みしみしと音を立てる。


 そして――


 ドゴンッ!!


 俺の身体は、狼の頭部を粉砕していた――ッ!!


(勝ったどおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉっ!!)


 今生の初勝利っ!


 なんとかもぎ取った、俺だけの勝利だっ!!

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