14 森の民 アグリア
彼らは森の民というらしい。
「だからって生まれた時から森で暮らしている訳じゃないぜ」
そういって、先頭を歩くミィルは笑った。
こちらからは目元しか見えないけど、その優しそうな眼だけはわかった。
私には、どうにも彼は悪い人とは思えない。
最初に弓を向けてきたのだって、警戒しているなら当然のことだろう。お城の兵士たちが訓練しているのと一緒だ。警戒してないと、いざって時に動けない。
私はそのいざって時を経験したことはないのだけれど。
しいていえば、さっきのことかな?
「ここで産まれたんじゃないの?」
「馬鹿いえよ、こんな危険な森、わざわざ住処にするやつなんている訳ないだろ?」
「エミリア! 初めて馬鹿にされたわ!」
「……お嬢様……」
何故か優しい目で見られた。
なにか変なこといったのかな? 実際初めてだったのだし、喜ばないのもおかしいかなって。
そういえば、こうして外に出てエミリアとか、従者以外とこんなに喋ったの、初めてかもしれない。
「おかしな奴だな、あんた」
そういって、ミィルは笑う。屈託のない笑顔には、やはり悪意がないように思える。
ふと、ミィルは足を止めた。
そして振り返ると、いった。
「さて、ようこそ。森の民、アグリアの村へ」
その瞬間、まるで木が意思を持っているかのように、ざぁっと蠢き、道を作った。
木で作られたトンネルだ。
「すごい……」
思わず呟くようにして、感想を漏らしてしまう。
その言葉に気をよくしたように、ミィルは笑う。よく笑う人だなって思う。
目元しか見えないけど。
「もてなすことはできないけど、歓迎はするよ」
踵を返すと、ミィルはトンネルの向こうへと歩き出した。
私たちは、慌ててその背中を追いかける。
なんだあれすげー。
ストームライガーの口の中から見るその光景は、俺を圧倒させるに十分だった。まるで生き物みたいにざざざっと動いたのだ。興奮しかしない。
(なぁなぁ! なんだあれすげーぞ!? あれって魔法なのか!?)
『マホウ モリノタミ ヨクツカウ』
よく使うんだ、あれ。
ふむ、だとすると結構、森の民は中々強いんじゃないか?
いや、そりゃそうか、こんな魔物だらけの森に住んでるんだ、弱いはずがないか。っていうか、この世界、結構魔法の威力がやばい。俺が見てきただけだけど、ストームライガーの魔法が中々とんでもない。
名前だけあって、風の魔法を扱うのが上手いのだ。
物凄い速度で走るのは得意なようだ。俺を落とさないようにとキャッチした瞬間に、見ていたことからわかる。
アンナちゃんたちを追う途中にも、結構な数の魔物に襲われたが、尽くがストームライガーよりも弱かった。風の刃を撃ちだす魔法をよく使うが、まるで真空の刃でも放っているのか。見えないからわからないけど、一瞬で敵の首をスパッと落として終わりなのだ。
チートなのは転生した俺なんかじゃない、こいつだ! と叫びたくなる。
おそらく俺なんか、一瞬で細切れにされるんじゃないのか、と思う。
そして疑問に思う。
彼らストームライガーはどうして自分を崇めたのだろうか?
彼らが置物として俺を見ていないことは、このストームライガーの態度を見ていて理解できる。
彼らは俺を宝物みたいに祀っていたんじゃなく、王として見ていたのだ。
そんなにこの称号が特別な意味を持っているのだろうか。
この世界にきたばかりの俺には、よくわからない。
(さあ、頼むぞストームライガー、三人を追ってくれ)
「グルルゥ」
喉を鳴らして、ストームライガーは答える。
視線の先で、木々の群れがさざ波のように、道を覆い隠そうとしているのが見えた。
「ここがアグリアの村……」
私は、目の前の光景に呆然と呟いた。
木々のトンネルを抜けたと思ったら、現れたのは小さな村だった。
……いや、私の感覚は、ちょっと普通の人とは違うのだ。城下にある街しか知らない私にとって、どんな村だって小さな村なのだ。それくらは自覚してる。だからこれは普通の村というべきなのだ。
「普通の村だね」
「いえ、お嬢様、普通ではありません。お嬢様の目には見えないようですが、実に高度な結界によって、守られているようですよ?」
エミリアは周囲を見渡し、そういった。
私にはよくわからないから、ずるいなぁって思うけど……。
「んじゃ、オレは村長んとこいってくるよ。見えるだろ? この通りを真っ直ぐいった所にある大きな屋敷だよ。せっかくだし、村の中をゆっくりと見て回って来てくれよ」
それじゃ、とミィルは走り出そうとする。
ちょ、ちょっと待ってよ!?
「ま、待ってよ!? 案内とかしてくれないの?」
「……でも報告にはいかないといけないしなぁ……」
そんなこといったって、初めて来た村でたった二人でどうしろっていうんだろうか?
この少年はその辺り、どう考えているのだろうか?
「仕方ないな……」
きょろきょろとミィルは辺りを見渡し、何人か子供の遊んでいる広場に目をつけた。
「おーい、シルル!」
大声を上げて、誰かの名前を呼んだ。友達だろうか?
広場から、栗色の髪を一つに纏めた、小さな女の子が走ってくる。
私たちの前で止まり、息を整えてから、ミィルに食って掛かる。
「なによミィル! 帰ってたのなら挨拶くらいしなさいよ!」
「ごめんって、なぁ、暇だろ、お前」
「はぁ!? 暇って、いうにこと欠いてそれ!? なにいってるか自覚してんのあんた!?」
「どうどう、ほら、暇ならこいつらの案内してやってくれよ」
「こいつらって……?」
「そこの二人だよ」
突然の暴言にきょとんとしている私たちを指さした。
そして私たちを見るや否や、シルルの表情が赤くなる。それは恥ずかしがっている訳ではなくて、怒りのあまりだということは、私にだってわかる。
そう考えると私って物知りだ。私すごい。
「あ、あんたねぇ!? 警戒って任務なのに、女の子ナンパしてくるってどういう了見なのよ!?」
殴りかからんばかりの勢いに、さすがの私も口を出そうと、一歩踏み出す。
その瞬間、腕を上げたミィルが目に入って。
「じゃ、後、頼んだ」
と、消えた。
「……それ、どっちの意味なの?」
怒りのぶつけどころを失い、手をふらふらとさせる小さな女の子と私たち二人。
奇妙な沈黙が、村の入り口を支配していた。
ルティア、どこに行ったんだろう?




