12 新たな出会いと分断
私の足はもうふらふらだった。
がくがくしてて、上手く歩けない。
こんなこと、なったことなんてないよ。
「エミリアぁ、おぶってぇ……」
「いやですよ……私だって辛いんですから」
「そっかぁ」
二人そろって、傍の木の幹に背中を預けて、ぜぇはぁぜぇはぁと息を整える。
し、死ぬかと思った。
死んだかと思った。
「あれ、倒したのよね」
「ええ……ギガノブルは魔物ではなく巨大な猪ですから……再生なんて常識外れの行動することもないでしょう」
「そっかぁ……倒せたんだぁ」
なんというか、現実が信じられない。
手もぷるぷるしてるし、足もがくがくしてる。心臓は張り裂けそうに痛くて、全身擦り傷だらけ。
きっとお父様が見たら怒り出しそうなくらい情けない姿。
だけど、掌の汗を握り締めると思うのだ。
この汗も、傷も嘘じゃないって。
初めて自分で手に入れたのだ。
初めての勝利だった。
「ふふっ……くくくっ」
「お嬢様?」
「あっはははははははははっ! あーっはっはっはっはっはっはっはっはっ」
「お嬢様が壊れた!?」
「違うわよ!」
目尻に浮いた涙を拭って私は叫んだ。それすらも楽しい。箱入りのまんまじゃ、絶対に味わえなかった興奮。絶対に体験しなかった勝利を手に入れたのだ。面白くないわけがない。
捨てられたって知った時は悲しかった。
でも、この勝利を得られたのなら、私はそれだけで十分だとさえ思う。
ガサ、と音がして、ストームライガーがこちらに近寄ってきた。
「なによ?」
「ガフン」
小馬鹿にしたように、鼻を鳴らしやがったのだ。
「こ、このっ!」
「いけませんお嬢様! 死にます」
「死ぬの!? いいえ止めないでエミリア。こいつの鼻っ柱に一発ぶち込んでやるわ!」
「だから死にますって、耐久値の差で」
人を軟弱動物呼ばわりするわこの従者、本当に従者なのかしら? いいえ、わかってる、長い付き合いだもの。エミリアは本当に私のことを心配してくれているのも知ってる。
それでいて、こうして茶々を入れることで励まそうとしているのだ。
ムカつくけど。
『アンナ ルティア ヤッタ』
ストームライガーの口の中から、ルティアが声をかけてくる。
なにやってるのかしら?
「お疲れさま、ルティア。あなたがやったのね?」
『ウン ガンバッタ』
「そかそか、おいでー」
「ガウ」
あ、この。ストームライガーがまたそっぽを向いて私からルティアを離す。
よ、涎まみれになっちゃうじゃないの!?
「お嬢様、このギガノブルですが、どうしますか?」
「どうって?」
「いえ、この大きさだと、この一帯の長レベルですよ、これ」
確かにいわれてみて、その巨大さに気づく。
私が二人くらいの背の高さに、私が十人は入れそうなくらいの体長。普通の猪じゃありえないくらい大きい。
「これだけ大きければ、手に入る素材もたんまりですし……せめて牙だけでも持っていけば、加工してもらえるか討伐証明になるのでは?」
「な、なるほど……でもどうしたらいいのかしら?」
「やはり道具がないことにはなんとも」
「もったいないわね」
「もったいないです」
はあ、と二人してため息を吐いた。
しかしまぁ、不幸中の幸いというべきか、駆け抜けたせいもあって、ずいぶんと進んでしまったようだ。この位置から、元の馬車の位置に戻ろうと思うと、ちょっと厳しいかもしれない。
そもそも方向がさっぱりだから、帰れないというべきか。
さらに。
ぐうううううううううううううぅぅぅぅぅ~……。
「お腹、減った……」
果物以外食べてないのだ。それ以外は口にしていないし、ポケットの中にあった木の実も、どこかに落としてきてしまったようだし。
どうしよう……。
「ねぇ、エミリア」
? 返事がなかったようだ。
エミリアはまるで私のことなど見ていないように、どこか別の場所に視線を向けている。
「エミリア?」
「下がって!」
駆け寄ろうとした私に、鋭い声でエミリアは制止した。
これは、わかる。切羽詰まった時にだけ出るエミリアだ。
ひゅと、と風を切る音がして、私のすぐ目の前の木に、一本の矢が突き刺さった。
「っぴ!?」
目の前すれすれを通った矢に、私は思わず情けない悲鳴を漏らす。
「なにものですか!?」
エミリアの声が飛ぶ。
その方向にはなにもいないが……?
「あんたたちこそなにものだよ?」
声が聞こえた。
幼さの残る勝気な声だ。
まるで森から発せられているかのように、どの方向からでも反響するように聞こえてくる声。
「森と共にある民、レンジャーの技能ですね」
エミリアが推測を述べる。
レンジャーのことなら私も知っている。エルフ族によくみられる、森と共に生きることを選んだ人たちの総称だ。弓矢を使い、森といったいとなって戦う時、私たちに勝ち目がないこともよくわかる。彼らは森林における王者なのだから。
エミリアは両手を挙げた。
「レンジャーと戦う術を私たちは持っていません。武器さえありませんし、よかったらどうぞ調べてみてください」
「はっ、いきなり降参とは恐れ入る。そんな猪を殺しておいて、よくもまあ嘘が言えるぜ」
「これは勝手にこけたんですよ」
「はぁ?」
「いえね、追いかけられてたら、勝手に躓いてこけて、木に頭をぶつけて死んでしまったのですよ」
「あんた、アホなのか? そんな嘘、誰が信じるんだよ」
「む、む、信じていただけないのですか?」
「そりゃそうだ」
相手の呆れた声から、こちらが不利だとわかる。
「そうですか、ならば」
相手の警戒心が強くなったのを心で感じる。
「服を脱ぎましょう。そしたら、我々が武器の一つも持たないことがわかるでしょう」
と、エミリアは自分の服に手をかけた。
ってなにしてんのエミリア!?
ずる、と躊躇いなく上着を脱ぎ捨て、スカートを下した。そして下着に手をかけようとした所で。
「あー! あー! もう! そこまですんなよ! わかったわーかーりーまーしーた! オレの負けだ!」
声と共に、現れた。
まるで最初からそこにいたみたいに、景色から溶け出すようにして、一人の少年が現れた。
全身を革の装備に包んだ、フードのような帽子とマスクで顔全体を隠した、濃い茶髪の少年だ。
言いながらも油断することなく、こちらに弓矢を向けたまま。
「オレはミィル。あんたらは?」
と、問いかけた。
…………? あれ? ストームライガーとルティアは?




