10 ご飯を食べたら目的地ができた
エミリアを起こして、二人そろって地面に積まれた肉塊の山を見る。うわぁ、あれってグリズリーベアだよね……巨大な熊が魔物化したもので、凶暴で危険な魔物だって聞いてるんだけど。
その傍で、不貞腐れたようにして伏せたストームライガーが一頭。あの短時間で狩ってきたらしく、やはりこの魔物は途轍もなく強いのだと再認識させられる。私たちが束になっても勝てないのだろう。
本当、ルティアが味方でよかったと思う。
ストームライガーはまるで、これでいいんだろう? とでも言いたげに大きな欠伸をした。
「ねぇエミリア、あなた、グリズリーベアって調理できるの?」
「……したことはありませんけど。普通のお肉料理と一緒でしょう? たぶん」
「たぶんっていった!? ねぇエミリア!?」
「お任せ下さい、お嬢様。私はいつだってあなたの為に行動してますので」
「信用していいのそれ!?」
自信満々に胸を張るエミリアの姿に、どうしても不安になる。
今はそうでもないけど、昔のエミリアの料理は酷いものだったのを今でも思い出す。黒焦げは当たり前だとしても、見た目は普通に見えるのに、味が七変化する奇妙なお魚とか。
私がぶっ倒れたのを見て、改心したのかどうかしらないけど、それから食べられるようなものを出してくれるようになった。
今ではすっかり美味しくお料理してくれる、私の専属なのだけれど。
それでも、未知の食材に不安は尽きない。
よく見ると、すぐ近くに果物がいくつか落ちている。
ちょっと毒々しい色だけど美味しそうな色をしている。
赤とか紫とか黄色とか。
「……エミリア、あれって私たちを毒殺しようとしてないよね?」
「大丈夫でしょう。いくつかは市場で見たことがあります。他にも食用に適した果実で、アプルやグレプなんかの実ですね」
「あ、それ知ってる。たまにデザートで出てきたのだ」
「ええ、その時は多少アレンジを加えてますが、あれが木から取った直後の形なのですよ」
そっか、エミリアは物知りだ。
私は知らないことが多い。たったそれだけのことも、知らないのだ。
私が見放されたのかどうかは知らない。けど、知りたいと思う。
同時に、この世界のことも、もっと知りたいと思った。転がっている木の実一つ知らないんじゃ、上へと昇ることなんてできやしないのだから。
「……困りました、お嬢様」
ふとエミリアを見ると、じっと顎に指を当てて考え込んでいる風だったので、どうしたのだろうかと思った。
「どうしたの?」
問いかけると、エミリアは困った顔で。
「なにも道具がありません」
「なにも?」
「なにも」
「刃物一つ?」
「刃物一つ」
これは死ぬんじゃないかと、その時は本気で思った。
腕の中にいたルティアが、やれやれと言いたげな雰囲気を放っているのがなんとなくわかる。
ち、違うの。忘れてた訳じゃないわよ?
座り込んで、二人で木の実を分け合いながら、ふと思い出したことがあった。
「そういえば、エミリア、傷は大丈夫なの?」
すでに自然に行動していたからか忘れていたが、昨晩、エミリアがあの騎士に刺されていたことを思い出したので聞いてみると。
「ええ、この森はどうも魔力が濃いようでして、すぐに塞がりましたよ」
「そうなんだ」
私は魔法も使えないからよくわからないけど、どうも魔法使いからはそう見えるようだ。
私はグレプの房から粒々とした実を一つ取って、口に入れた。
甘酸っぱい味が口の中を満たしてくれる。
同時に、水分も口の渇きを癒してくれる。
そういえば、昨晩はなにも食べてなかったのだ。そう思えば思うほど、お腹が空いて仕方がなかった。
傍で、ストームライガーががつがつとグリズリーベアの肉に噛り付いているのを見ると、少し羨ましく思う。
私にも強靭な牙があれば……。
って、ルティア? なにしてるの?
美味そうに食べるなお前は。
『オウヨ タベルトイイ』
お前には俺に口があるように見えるのか?
『イキモノ イキモノ タベル』
(あのな、ストームライガーよ、言っておくが俺は無機物だ。生き物じゃない)
ストームライガーの傍に転がっていって、食事の様子を見ていたのだが、こいつは本当に野生動物らしく食べやがる。
肉に食いついて、血肉を飛ばしながら、がつがつと食べるのだ。
羨ましいぞ、この野郎。
『オウヨ イキモノ チガウ?』
(ああ違うぞ、俺は石ころだ)
『イシコロ イシ ナイ』
わかりにくいなその喋り方!
『ソレデモ オウハ オウダ』
(そうかよ……なあストームライガーよ、この辺に人間の住んでいる村とかないか?)
俺はちょっと期待せずに聞いた。どうにも彼ら魔物は人間が嫌いなようで、まるで逃げるようにして生きているのだ。だからこそ、人間がどこに住んでいるのかなんて、もうすっかり忘れてしまっているんじゃないかと思った。
『アル』
(そっかー、知らないかー、それじゃ仕方ない……って知ってるのかよ!?)
『シッテル ニンゲン キケン カンシ』
ああ、なるほど、お前ら結構知能高そうだもんな。
ふむ……それなら予期せずとして目的地ができた訳だ。
アンナちゃんにエミリアさん。彼女たちも、いつまでもこんな森にいる訳じゃないだろう。目的があるのは確かなのだ。それはこんな森の中にはない。
人里に降りなければ、彼女たちの目的は果たされないのだ。
(なぁ無理を承知で頼んでいいか?)
『オウノ タノミ ワカル』
それは俺の心を見透かしているとみていいのだろうか?
(頼む! そこまで案内してくれないだろうか?)
『イイゾ タダ オレガマモルノ オウダケ』
人間は知らないというのだろう。
こいつはそもそも人間なんてどうでもいいと思っているのだ。
俺がいわなければ、こうして食料を持ってくることもないのだ。
しかし、こいつの言動は理解できる。だからこそ、利用できるのだ。
「ルティア?」
念力で転がって、アンナちゃんの足元まで転がっていくと、気付いたのか、俺に手を差し出してくれる。
その手に甘えよう。
……なんかべたべたする。
『ムラ チカク! ヒト イル!』
片言なのは相変わらずだけど、伝えたいことは伝わるはずだ。
「ほんと?」
アンナちゃんが首を傾げて問いかける。
さらりと洗っていないのに、サラサラの金髪が、流れるようについていく。
『ストームライガー シッテタ モクテキチ!』
「そうね……人里に降りなければ始まらないよね……うん。やっぱりルティア、頭いいわ!」
いい子いい子と撫でてくれる。
……なんだか気恥ずかしいけど、悪くない気分だ。
「エミリア! 次の目的地が決まったわ!」
「は、はいっ!?」
エミリアさんは口に含んでいたアプルの実を少し噴き出しながら返事を返す。
なんだろうか、この人の微妙なポンコツっぷりは。
『ケド ミチ アブナイ ストームライダー アンナ マモラナイ ハナレナイデ』
くそう、早く念話のLvを上げたい。伝えたいことが伝わりにくい。
「うん。ありがと!」
花の咲くような笑顔で微笑んで、アンナちゃんが頷いた。
さて、ようやく移動開始だ!
俺もこの森以外知らないから、どんな風景が広がっているのか楽しみだ。
まあ俺は、自分で自由に移動もできない石だけどな!!




