0 そして少女は反旗を翻す
「ここからだ」
金髪の少女が声を張り上げる。
目の前に広がるのは、膨大な数の敵兵士だ。視界の隅から隅までを埋め尽くし、ひしめき合う群れだ。重なり合う金属音。鼓舞の声、太鼓の音。
どれもこれもが、少女一人に向けるのには、大げさに思える。
だがしかし、少女はたった一人で兵士の群れに立ち向かう。
まるでそれが義務だとでもいうように。威風堂々と、少女は対峙する。胸を張って、背筋を伸ばして、なにも恥ずかしいことなどないとでも言うように。
全身を以て、決意を示す。
「これが始まりだ」
少女の声は、誰にも聞こえない。
ひしめき合う兵士の中に、その声を聞き取れたものは一人もいない。
そう、人には。
「なあ、そうだろう?」
少女が黄金の髪を翻す。表情に浮かぶのは、自信と決意。弱気など欠片たりとも見せない表情で、問いかける。
すると、問いかけに答えるように地面が揺れた。兵士たちが、びくりと身を震わせる。元より地震などあまり起きない国家だ。
故に、動揺する。
兵士のいくつかが膝を突き。残りのいくつかがそれでも気丈に立ち向かう。
少女は一切の身動きをしない。さも当然のように受け入れている。
そして――
「お前も見ろっ!」
少女が叫ぶ。楽しそうに。嬉しそうに。
自分のたった一人の兵士を呼び覚ます声をあげる。演出のように。劇の始まりを呼ぶに相応しく。
堂々と、呼んだ。
地面が嘶いた。
『KliiiiiiiiiiiiiiiiGAaAAAAAAAAAAAAAAaaaaaaaaaaaaAAAAAAAAAAA!!』
まるで金属が軋みをあげるような、凄絶な音が響き渡る。
それは兵士を超え、城壁越しに鎮座する王城にて座する国王にまで届いた。宣戦布告のように。どこまでも響くような怪音を、しかし少女は楽しげに受け止める。
誰の声かと問われれば、少女は答えるだろう。
この声こそ、我が忠実な部下の声なのだと。
地面が震える。
ぼこり、と間抜けな音と共に、少女のすぐ傍の地面から宝石のような塊が浮き上がる。ぱらぱらと砂塵を零しながら、しかしその美しさには陰りがない。血のように真っ赤とも、炎のように紅とも例えられる神秘の輝き。
魔石。
魔を司る石。魔を司る意思。
魔の、意思。
一般的に知られているものよりもいっそう巨大なそれは、少女の声に答えるように輝いた。
揺れがいっそう激しさを増し、ぼこぼこと少女の周囲の地面が剥がれるように宙に浮かぶ。巨大な岩石の塊が浮き上がるのを、兵士は呆然と見やる。導かれるようにして、岩石が一つの塊を造る。少女の傍で歪な塊が伸びていく。
全高にして20メル。横幅もほぼ同じ。歪な正方形が鎮座する。
「行くぞ、立ち上がれゴライアス」
旧き巨人の兵士の名前を、少女は言う。それはお伽噺の存在。古い、旧い物語の巨大な戦士の話。誰もが知る、不幸な巨人の話。別の世界ではきっと違う話なのだろうが、ここではそういう話だ。
言葉に呼応する。
岩の塊が弾け飛び、岩石の雨を敵陣に降らす。不思議なことに、すぐ近くにいた少女には一切の被害はない。精々がその金髪を揺らすだけだ。
そして現れるのは、巨大な岩石の人型。脚よりも手の方が長い歪な体型。人型に近いのに、人ではない異形。跪いた姿勢のまま、ゴライアスは一つ、その歪な口を開き何事かを呟いた。それを聞き間違えることがなければ、その言葉は確かに魔術言語だった。
異形の唱える魔術が、異形の身体を鋼鉄に変換していく。
少女はそれを見て、にやりと表情を変えた。
「準備万端だな。さあて、始めようか、ゴライアス。」
『変わらないなぁ、お姫様は』
歪な、けれど優しげな声が、ゴライアスの口から零れた。親しい間柄のように、確かな絆を連想させる声だ。
少女は一歩、踏み出した。すでに目の前の光景に震えあがっていた兵士たちは、一瞬、気後れしたように後ずさる。そのことが、もはやこの戦の勝敗を、決定的に見せていた。
「我が名はッ! アンナ・シュツットガルト・アルカイア・フェムトッ! 私は! 今日、この場所でッ! 我が父に叛逆するッ! 我が配下はたった一人ッ! 止められるものなら止めてみよッ!!」
ゴライアスが吼えた。
少女は、石の塊に出会った。
きっと少女の物語を始めるなら、その一文から始まる。
けれどこの物語の主役は少女ではない。
石の方だ。