4 石を投げるひとたち(前)
中三の秋、わたしはノブテルと出会った。
それはとてつもなくイヤな出会い方だった。そもそも出会いといえば聞こえが良すぎるし、美化しきったような言い方だけど、とにかくわたしは、その日ノブテルと出会ってしまったのだ。
近所の河原を歩いていると、涼二が川面にむかって石を投げていた。涼二は高校二年生にもなって、いまだにこうして幼稚なストレス発散をしている。涼二にどんなストレスがあるのかなどわたしの知ったことじゃないので、わたしは彼を無視して遊歩道を歩いた。
遊歩道の終着点には、産業廃棄物などが打ち捨てられている空き地があった。わたしは散歩のとき、いつもここを折り返し地点としている。
そこで踵をかえして家に帰ろうとしたけど、今日はなんだかガレキの奥が騒がしかった。
なんだろうと思って覗いてみると、廃棄物の山の裏側で、うちの中学の男子が数人たむろしていた。彼らはみんなタバコを吸っており、円を囲むようにたたずんでいる。ぜんいん、うちの学校では『不良』と分類されるような男子ばかりだった。
「なにをしているの?」
話しかけると、田畑という男子が振り返った。田畑もタバコをくわえていた。
「タバコなんか吸っちゃだめなんだよ。先生に言いつけるよ」
田畑は「まぁまぁ」と言った。
「それよりもさ、こいつ、ほんとおもしろいんだぜ。西江も見ていけよ」
田畑はその場をどいてみせた。男子の円の中心には、ひとりの男の子が地面によこたわっていた。
男の子は顔面じゅうに青あざをつくっていて、泣きながらマスターベーションをしていた。わたしは口もとをおさえて半歩あとずさった。
「このひとは?」
「七組のノブテル。うちの学校だぜ。知らねえの?」と田畑は言った。
わたしはノブテルという男の子の顔をちらりと見てみたけど、ぜんぜん覚えがなかった。
「まぁ、知らなくても無理はないな。こいつ、影うすいから」
「どうしてノブテルは、みんなの前でこんなことをしているの?」
「おまえ、ほんと天然だなあ」
田畑は片眉をあげて苦笑した。まわりの男子たちも同じように笑った。
「オレらがやれって言ったから、やってんだよ。自らすすんで人前でオナニーするようなやつは、ほんものの変態だぜ」
「もうじゅうぶん変態だろ」田畑のとなりの男子が笑った。
「そういうことだ。西江も、こいつがシャセイするまで見物していけよ」
「わたし、帰る」
わたしがそう言うと、田畑はノブテルにむけてさけんだ。
「おまえのチンコがいつまでもしぼんだまんまだから、西江もつまんないっつって帰っちまうじゃねーか」
わたしはそんなこと、ひとことも言ってない。直後、ノブテルのそばにいた男子が彼の背中を蹴った。ノブテルは顔を真っ赤にさせて、必死にオチンチンをこすった。
ノブテルにアダルト雑誌を広げて見せていた男子が、「俺が手伝ってやる」と言って、ノブテルの手をどけた。アダルト雑誌をまるめて、そこにノブテルのオチンチンを差し込んだ。それから激しく上下させていた。
ノブテルがシャセイしたのは十五分くらいが経ってからだった。まるめたアダルト雑誌の先から垂れる白い液体に、みんな、手をたたいてよろんでいた。
「あぁ、たのしかった。もう帰ろーぜ」
田畑が言うと、男子たちはだらだら歩きながら空き地を出ていった。
ノブテルは地面に顔をうずめて、しばらくすすり泣いていた。オチンチンはすり切れて、うすく血がにじんでいた。
ノブテルはパンツとズボンをはいて、ぬるっと起きあがった。わたしはノブテルの五メートルくらいうしろを着いて歩いた。
わたしの頭は真っ白だった。オチンチンなら、昔、お風呂場でお父さんや涼二のを見たことがあったけど、ボッキしたオチンチンや、その先から出る液体を見るのは、生まれてはじめてだった。ノブテルの背中を見ていると吐き気がこみあげてくるので、わたしは足もとを見ながら歩いた。
夕暮れの河原で、涼二はまだ石投げをやっていた。わたしは走ってノブテルを追いこして、涼二のとなりで、涼二と同じように石を投げた。
ぽちゃん、と小さな水しぶきがあがった。
「ノブテルも、同じようにやってみなよ」
わたしは振り返って言った。ノブテルはもじもじしながらうなずいた。ノブテルも涼二のとなりにならんで、地面にうまっていたおおきな石を引っこ抜いた。
頭のうえに持ち上げると、ノブテルの細い体がぐらりと揺れた。
「おいおい、大丈夫かよこいつ」
涼二はひたいの汗をぬぐって失笑をこぼした。わたしはだんだんイライラしてきて、ふらふらしつづけるノブテルをけしかけた。
「ノブテル、はやく投げて」
ノブテルは、力んで赤くなった顔に青すじまで立てて、イヌみたいな雄叫びをあげた。
どちゃーん、と、川面におおきな水柱がたった。
◆
わたしのクラスでははやくも、昨日のノブテルのことが話題になっていた。田畑の携帯には、ノブテルの恥ずかしい写真がおさめられていた。
クラスメイトひとりひとりに写真を見せていく田畑に、利恵が嫌悪感をあらわに声をあげた。
「いい加減くだらないことやめなよ田畑。あたしたち、もう受験生なんだよ!」
もっと言ってやれ、とわたしは心の中で利恵を応援した。でも、田畑に携帯のディスプレイを見せつけられた利恵は、ちょっと楽しそうに「やめてってばきたない」と半ぶん笑っていた。こりゃだめだ、とわたしは思った。
次の休み時間に、わたしは田畑の席に近づいた。
「これからも、ノブテルにあんなことを続けるの?」
田畑は足ぐみして携帯をいじりながら、てきとうに答えた。
「気が向いたら、またなんかやろうと思う。西江も暇だったら見にきていいぜ」
田畑の口臭は今日もタバコくさかった。わたしはおもわず顔をしかめた。
「どうしてあんなにひどいことができるの?」
「どうしてって。そりゃあ、あいつが弱いからに決まってるだろ」
「ノブテルが弱いから、田畑たちはひどいことができるの? ほんとうはノブテルが弱いからじゃなくて、もともと田畑たちがひどい性格だったからじゃないの?」
田畑は、ふん、と鼻で息を吐いた。携帯をとじて、かしこまったようにわたしに向きなおった。
「西江、おまえはまだ脳みそがおこちゃまみたいだから、オレが懇切丁寧に世間というものをおしえてやるよ」
わたしは田畑のとなりの席にすわって、田畑とおなじようにかしこまった。
「オレたちはたしかにひどいことをしているかもしれない。昨日みたいに公開オナニーをさせたり、イヌやネコのえさ食わせたり、カツアゲしたり、気晴らしにぶっとばしたりもしている。ここ一年くらい、ほぼ毎日」
「一年も。わたし、ぜんぜん知らなかった」
「なんでオレらがこんなことを続けるんだと思う? オレらの性格がひどいからとか、ノブテルが弱いからとか、いまは置いといて、ほかにどんな理由が考えられる?」
わたしは必死に考えた。
「わからない」とわたしは答えた。ほんとうにわからなかった。
「楽しいからにきまってるじゃん。それ以外に理由はない。楽しいからイジメる。単純だろ」
「あたまおかしいよ」
田畑は表情ひとつ変えない。むしろ余裕げだった。
「でも、逆に考えてみろよ。頭おかしいオレらのおかげで、あの弱っちいノブテルは精神的に成長するんだぜ。そうなると、やっぱりイジメって必要だろ」
「イジメられると、ノブテルは成長するの?」
「そうさ。人間の社会ってのは、どうしても上下関係がつきものだからな。弱いやつを下につけなきゃ、弱いやつはいつまでも自分が弱いんだって自覚できない。自覚は成長の第一歩だ。逆に、もしノブテルが弱くなかったら、オレたちだって最初からイジメなんてしなかったさ」
正直、わたしには田畑の話がよくわからなかった。このことはあとでゆっくりかんがえようと思った。だけど、ひとつだけわかったことがある。
「ノブテルが強くなったら、田畑たちはもうイジメをやめてくれるの?」
「そうだな、万が一そういうことになれば、やめるだろう」
無理だろうけど、と田畑は笑った。携帯をひらいて、しっし、とわたしを追い払った。
放課後になって、わたしはノブテルのいる七組に立ち寄った。そこで知り合いの女子とはち合わせして、「うちのクラスになにか用?」と尋ねられた。わたしは、「ノブテルに用がある」と答えた。その子はきょとんとして、「ノブテルって、あのノブテル?」と小首をかしげた。ほかにどのノブテルがいるのか知らないけど、一応うなずくと、彼女は苦笑いで「ほどほどにね」とだけ言って、わたしから離れていった。
ノブテルはわたしに気づくと、カバンを持って逃げようとした。わたしはノブテルのカバンのひもをつかんだ。
「はなしてよ。ぼくに関わると、西江さんまでイジメられるよ」
「わたしはイジメられないよ。でもノブテルは、これからもイジメられつづける」わたしはきっぱりと言った。「どうしてだと思う?」
ノブテルは顔をそらした。
「あんたが弱いからだよ」
ノブテルは聞こえないふりで黙りつづけた。わたしはその煮えきらない態度にムカッときて、もうすこしなにか言ってやろうと思ったが、やがてノブテルはすんすんと鼻をすすりだした。ノブテルはさっそく泣いてしまったのだ。こりゃあ、いじめたくもなるな、とわたしは思ってしまうのだった。