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台本(シナリオ)はどこにある? 前編

貴方は今の「人生」に満足していますか?

それを受け入れていますか?

捨てられたら捨てますか?


「彼女」はそんな人物なのでしょうか?

 突然だが、状況を説明しよう。


 場所は石造りの荘厳な建物の一角、と言うより外れ。近くには気持ちの良い噴水が音を立てて水を出しており、それを眺める為なのか四阿(あずまや)が設置されている。四阿と言っても椅子もない様な所ではなく、椅子しかないわけではなく、数人が座ってお茶を(たしなむ)事が出来る程度の椅子とテーブルが設置されている。隅に小さな作業台もある事から、ここはさぞかし名のある場所なのだろう……。


 当然だ、「城」なのだから。


 そこでは、一人の少女とも女性ともいうべき人物が午後のお茶を楽しんでいた……すぐ近くの惨状を横にして平気な顔でいられる以上は地味な顔つきの割に豪胆なのだろう。服装の色合いも地味でもあるが、職業的に研究員にして研究所所長と言う立場から見ると簡素ではあるが質の良いドレスの上に白衣を着ていると言うのも、(あながち)間違いではないのだろう。


 彼女の側には、見事に従僕のお仕着せを着こなした見目麗しい青年が居る。青年とは言っても見掛けだけで中身はもう少し若い筈だが、紹介でもされない限り印象が残りにくいと言う不思議な人物だ。高貴な令嬢が独り歩きをするわけはないのだから誰かが居る筈、と思われている程度で認識されているが、もし前提としての認識が無ければ彼の存在は誰にも認知されなかったかも知れない。

 普通は女性の側仕えが居る筈だし、恐らく彼女の女性の側仕えも居るのかも知れないが認識出来ない以上は彼と同程度に認識されない存在なのか、もしくはこの場に居ないだけなのだろう。


 三人目は先ほどから迷惑な破壊音を盛大に撒き散らしている、一見すると少女にしか見えない服装をした女性だ。見掛けだけならば成人から遠い学生の娘と言われてもおかしくないが、色彩が黒い瞳に茶色の髪……根元が黒いので、どうやら染めているのだろう。少し流行遅れの、学生になりたてて着慣れないと言った風のドレスを着ている、礼儀作法も知らないのかと言いたくなる常識から考えれば傍迷惑な行動だ。


「ちょっと……いつまで放って置くのよ……!」


 先ほどまでは綺麗に整えられていた筈の髪も化粧……正直、子供用ドレスと彼女が求めるレベルの濃い化粧をするとちぐはぐ感がするのだが。それでも、当の本人はつい先ほどまで「お姫様のドレス!」と言って喜んでいたのだから問題は無かったはずだ。なので、涙で化粧が落ちて泣きすぎて目が充血している姿を見た場合「何がオカシイのだろう?」と思われたとしても仕方がない。のかも知れない。

 おまけに、彼女はいっそ憎々しげにこちらを見つめているのだ。何が何だか全く心たりがない以上、飲み終わったらしいティーカップを持ち上げた彼女が、タイミングよくカップにお茶を注いだ青年が、二人してよく似た感じで「はて?」と首を傾げたのは本人達には当然だが余計に怒りを増長させる原因となったのかも知れない。


「まさか、セーラ。判らないのっ?」

「……そうねえ、何故アンがそんな風に。ここが公の場ではないとしても、貴方が語った年相応の態度ではない姿を見せられてどうしたら良いのかしら?

 サリヴァン、貴方にはお判りかしら?」


 熱々のお茶を冷ます様に香りを楽しんでから、セーラと呼ばれた人物が側に控えていたサリヴァンと呼ばれた従僕に尋ねる。

 その動作はとても優雅で、かなりの高等教育をされてきた事を微塵にも疑わせる余地がないとこちらに訴えて来る。

 セーラの側に控えているサリヴァンも同様で、やはり動作からとても高い教育を受けている人物だ。


「申し訳ございません、セーラ様。わたくしには何とも申し上げる事は出来かねます」

「そう……ごめんなさいね、判らないわ」


 高い教育を受けた二人から見て、芝生とは言え子供用のドレスを着て無様に膝を着き泣き喚くアンの姿は不愉快を通り越して滑稽(こっけい)ですらある。

 確かに、最初に出会った当初からアンの言動は常識外れのおかしなものだった。

 歴史の中に出て来る様な、機能性を疑う素材と古いデザインで足元は膝丈までしか無かった。

 少なくとも、この国や近隣で生まれ育った人物は必ず男女どちらであろうと素足を晒す様な真似はしない。ズボンやタイツ、細身のロングパンツを身に着け、その上で膝丈のスカートやフロックコートにインバネスコート等の上着を着る。もしくは、上半身はスカートを身に着けて居れば丈が腰までや背中までの短い丈を身に着けても良い。問題は、手首から先と首から上を除いて他の部分を街中や公の場では晒さない事を義務付けられている。何故なら、一種の簡易「結界」なのだから。

 子供用とは言えドレスを身に着けた当初、アンはタイツですら身に着ける事を嫌がったものの。ドロワーズについても顔を顰しかめていたくらいである。素足に(かかと)の高い靴を履きたがったのも理解しがたいのは、その恰好で何故か踊り始めたからだ。


「判らないわけないでしょうっ? わたしが、この! わたしが! これほどに悲しんでいるのよっ!」


 化粧が涙で恐ろしい状態になっている子供用ドレスの女が泣き喚いている姿と言うのは……とても、見苦しい。

 けれど、それを欠片も表に出さない二人は本当に辛抱強いと言うか豪胆と言うかだ。


「悲しんでいるのは……まあ、ともかく。

 何故、今更悲しんでいるのかしら? どこから来たのかも判らない、帰る方法も研究中だって言うのは最初に言った筈よ?」


 言われて、アンは反応に困っている様だった。

 もしかしなくても、どうやら最初に説明された時は全く人の話を聞いていなかったのだろう。


「だ、だって……ここはわたしの世界の筈なのに……そうでなかったら、なんで悪役令嬢のステラファニーと同じ顔と名前してるの?」


 アンが最初に研究所に現れた時は、もう少しまともだった。気がしたのだ。

 どこかの地方の限りなく村に近い町で見つかった、おかしな恰好をした言葉も通じない女の子。限りなく村に近いとは言っても名ばかりとは言っても町は町なので、兵士の屯所や小さくても神殿はあった。

 彼女の言っている言葉は判らず、兵士に引き渡されても判らず、神殿で神官に引き渡されて王都や大神殿に問い合わせを掛けた結果。彼女はとある国の王都より少し外れた「研究機関」に送られる事になった。

 お互い、言語が通じないので身振り手振りが多かったが「アン」と言うのがどうやら名前らしい事は何とか判った。


「なんで、スティーブ王子様が居るの? サポートキャラのスゼットも、当て馬神官のタガート様も、宰相のテレンス様も騎士団長のトール様も居るのよ? そりゃ、なんかちょっと違う所もあるけど……隠しキャラのサリヴァンも見つからないし……」


 アン、と名乗った彼女は自分が18歳だと言った。とても「成人した女性」には誰も見えなかったが、特殊な事情から「ああ……そう言う事もあるかも知れないね」と人々は生ぬるい目で見つめていた。

 アンは魔法に驚き、自分は魔法ではなく科学の世界から現れたのだと言った。簡単に信じるのは難しかったが「前例」がないわけではないので、否定する必要はなかった。ただ、全面的に肯定しないだけだ。

 アンは自分がヒロインで主人公だと言った、ここはアンの居た世界の「乙女ゲーム」の世界で自分はその主人公なのだと。きっと自分は元の世界から召喚されたか死んでトリップしたに違いないと……人々の視線が、アンに憐れみを含むようになったのはこの頃からだった。


「ちょっと違うと言う程度なのかしら……?」

「そうですね、スティーブ様は公爵閣下ですし、スゼット……スザンナ嬢の事の様でしょうか? タガート殿はまだ正神官になるとは決まっていませんし、テレンス様はいつ宰相職につかれたのでしょう? トール様は先日受勲したとは伺いましたが……」

「サリヴァンが見つからないって……わたくしの側に常におりますのに……」


 アンにスゼットはどこに居るのかと聞かれても、セーラには判らなかった。スゼットと言う人物は知っている中には存在しないのだから当然だが、それをアンは「サポートキャラだから隠しているんでしょうっ!」と何日も詰め寄られ……そうになったので、可能な限り顔を合せない様にした。

 セーラは専門職ではないが、専門的に研究しているダニエルと言う人物に言わせると「異世界から現れたと自称する人々」の中には己の精神を守る為にありもしない空想を自らの中に展開し都合よく合わせる事があると言う事を聞いてから、仕事を理由に近づかない様にしていた。

 実際、アンは知らないがセーラは色々と忙しい身の上でどこのだれだか判らない人物に、顔を会わせるなり「悪役令嬢に殺されるっ!」などと指をさして言われる覚えは全くない。その後、やはり翻訳の魔道具を付けようとして一悶着あったのは確かだがアン曰く「乙女ゲームの設定」を聞いて気分が悪くなった以上は出来る限り近付かない様にしていたのも事実である。

 一体どこから聞きつけたのか、自称セーラの親友であるスザンナが嫁入りした隣国から突然現れて驚きつつ。普段は隠しているわけではないが公言もしないセーラの公的な名前の一部であるステラファニーと言う名前を言い当てたり、スザンナはスゼットで自分のサポートキャラだと怒鳴ったり、それをスザンナが冷たくあしらう……と言うより、完膚なきまでに叩き潰す勢いだったりした。


「アンに言わせると……わたくしはテレンス様の娘の上級貴族でスティーブ様の婚約者候補の立場であるにも関わらず、すでに王女の様な振る舞いをし。身分の低いスザンナをいじめ倒してタガートを取り巻きに……ぱ、ぱしり? でしたかしら? にしていたと言う事かしら?」

「そうよっ! わたしは苛められて隅でいじけていたスゼットを慰めて、意気投合して、タガートを説得してステラファニーを断罪したカッコよさでファンが急増! わたしは一躍時のヒロイン! 最終的には王子様と結婚するって言うシナリオに……」

「ありえませんわ」


 やれやれと言う感じで首を横に振ったセーラは、妄想と言うにはあまりにも疲れるセリフを相手に付き合った事を少し後悔した。

 そもそも論からして、おかしくない所を探すのが難しいのだ。


「あるわよ!」

「そもそも……アンは異世界人だと口にされてますけれど、異世界人である以上はこの国の民として扱われる事はありませんわ」


 心底「どうでも良い」と思いつつ、それでも無い暇をつぶす為にセーラは口を開く。

 泣いて喚いて発散しただろうアンが、どんな結果を求めるかは判った。でも、それは「この世界」では存在させられない。


「研究所から出る事も出来ず、死んでも部位は研究で使われます。それでは、例えば仮に『王子様』と結婚どころか会う事も出来ないのではなくて?」

「いや……え、でも!」

「それに、アンのおっしゃっている事は間違いだらけですわ。

 わたくし、上級貴族と言えばそうかも知れませんけれど姫ですもの。現王の側妃の娘の一人。つまり、太子……アンに判りやすく言うと、王と正妃様の子とは婚姻できませんわ、血が濃くなりすぎますもの」


 言うなれば異母兄妹だ。

 しかも、アンは知らないだろうが現在の王家は色々あって正妃と側妃の中は決して悪くない……と言うより、正妃が亡くなって新たに王の妻となった場合は全て側妃だ。正妃は最初の妻一人だけと言うのが法律で決まっている。子供達は成人するまで後宮で育てられるが、そこに分け隔てはなく厳しい教育が施される。ただし、厳しいだけではなく十分な愛情も存在する。故に、子供達はお互いが手を取り合い高めあい、よく話し合って誤解をする余地もない。


「テレンス様はわたくしの後見人ではありますが、親子関係はありません。上司と部下の関係ですもの」

「……え?」


 アンには知らせる義理もないので最低限しか教えていないから知らないが、セーラはアンが収容されている研究所の所長だ。そして、件のテレンスと言う人物はセーラの後見人ではあるが同時に副所長でもある。


「でも、それなら王城にいる今のうちに……!」

「スティーブ様は王族の血を引いていますけれど、婚約も無ければ太子ではありません。先王の王子……現公爵閣下です。継承権はわたくしにもスティーブ様にもありません。王位継承権は正妃のお子である兄姉が持っています。それに、ここは王城でもありません」


 アンの目がくわっと見開かれ、あちこちを何かを探す様に不審な目で見ている。

 言っている言葉の意味が判らないのか、信用できないかのどちらかなのだろう。


「スザンナの名前も違っていますし……テレンス様はともかく、何故にこちらには来ない筈のタガートやトール殿の事をご存じなのは存じませんけど、その情報も正しくありません」

「嘘っ!」

「いいえ、事実ですわ。

 アンの口にする様な人物として、確かにわたくしの名前の一部や皆さんの名を持つ方はおりますけど……何故その様な事をアンは考えてしまったのかしら?」


 心底信じたくないのか、信じられないのか、アンは首を横に振って受け入れがたい様だった。


「研究所には異世界から現れたと思われる、あらゆるものが集められるわ。アンも服装や言葉が通じない事から異世界の住人だと認められた。

 それは、この国だけではなく色々な国に通達された義務……だけど、保護する事が出来て本当に良かった。

 アンはよく、近くで良いから町に行ってみたいと口にしていたけれど……わたくしの許可もなく一歩でも外に出ていたら、一体どうなっていた事か……アンのお守りが発動してしまったら、わたくしにもどうする事も出来なかった事でしょうね」


 ぎょっとした顔で、アンは手袋に包まれた己の左手と、服に覆われた心臓の当たりを交互に見つめた。

 この研究所に連れて来られた最初に、アンは風呂場に放り込まれた……別に汚くしていたのではなくて、意思疎通が出来なかった故の弊害である。人当たりの良い顔をした女性達の優しい手が降れたと思ったら……アンは気が付いたら一枚もまとわぬ姿で風呂場に居たのである。

 アンの人生で、とりあえず五本の指に入る衝撃的な事件だった。抵抗を思いつかなかったと言う意味で。

 その後で、アンは服を着てからセーラと会った。当然、この時点ではお互いの言語は通じていないのでアンは『なんで悪役令嬢がこんな所にっ? 殺されるっ!』などと叫んで暴れようとして面倒な事になったのである。

 拘束されたアンにセーラが「何か」をした事で言語は通じる様になったが、同時にアンの左手の甲と心臓の当たりに形容出来ない字が現れた。セーラ曰く「お守り」で言語が通じているのはそのおかげだと。


「だから、アンは決して王城に行く事は出来ないし太子や王太子。ましてや、他の方々に会うなんて事は出来ないの。

 あと、スザンナの事だけれど……スザンナはアンが言う程にか弱い人物に見えたかしら? 幾ら男爵家とは言っても、家業の商家の女将として采配を振るう人物が?」


 どこからか現れた、自称親友のピンチに駆けつけたと豪語した人物は……確かに、アンの言う「スゼット」と言う人物とよく似た様な顔つきと体つきなのだろう。顔だちは大人びてきついのに、身長は低く幼児体型。でも、アンに言わせるとスゼットと言う人物は根暗で落ち込みやすくて後ろ向きで人見知りが激しい引きこもりだが。セーラたちの知っているスザンナは、どちらかと言えば真逆に近い。

 スザンナは、確かに顔だちがきつく身長も低く幼児体型だ。けれど、からかった相手には悪夢を見せる復讐を遂げるし基本明るく前向きで、地位と立ち位置から少々同年代から遠目に見られていたセーラを相手に突撃をかまして「自称親友」の地位にまで上り詰めた努力家だ。

 アンの言うスゼットは学生の頃から引っ込み思案だったこともあって、最終的には一人で何とかしなくちゃと言う程度で終わったそうだが。スザンナは学生の頃から隣国の男爵位を持つ商家の次男坊に猛烈なアプローチを掛けられて電撃結婚。今では二児の母として、また若女将としての采配を如何なく振るいまくっている忙しい人物だ。


「スザンナは、そんなアンの『オトモダチ』になってくれたかしら?」


続きます

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