やっぱり他人が入る隙間は無いよみたいな。
短編小説『他人が入る隙間は無いよみたいな。』から先に読むことをオススメします。
「え・・・、どうかしたの?」
月が行った後教室に戻った私は、クラスメイトがざわついているのに気がついた。
みんなの視線の先にあるのは、ヒロインだった元幼馴染みの席。
「葉ちゃんがどうかしたの?」
私は傍にいたクラスメイトの・・・えーっと、名前は忘れた。その女子に聞いた。
「あ、絵美ちゃん・・。えっと・・」
言葉を濁すクラスメイトの女子。
・・・さっさと言いなさいよ。
私は胸の内でそう言った。決して口には出さない。
「月くんがね、宮峰さんを連れてったの・・。何か聞いてる?絵美ちゃん」
クラスメイトの女子がそう言った。もちろん、何も聞いていない。だって月は用事があるって・・。
でも、そんなことは言わない。
「あー、うん。葉ちゃんに何か用事があるって言ってたかな。ほら、幼馴染みだもん」
笑顔を貼り付ける。可愛くて誰にでも優しい絵美ちゃん。それが私だもの。
「そ、っか・・。そうだよね。幼馴染みだもんね。仲良いんだ、やっぱ」
「・・・え?」
「なんかね、すっごく良い感じだったの。いつも一緒にいなくても、やっぱり幼馴染みって仲良いんだね」
そう言ってにこりと笑う。笑ってる場合じゃない。
月が葉を連れて行ったことも問題だけど、仲が良かった、と言うのも気になる。
だって月と葉のことを話すなんて最近は全くないし、私が一番の女の子。
この物語のヒロインは、もうすでに私なの。
今更戻るなんて、許さない。
「・・・俺のことどうして避けてたの」
私を抱きしめ首筋に顔を埋めながら、くぐもった声で私に月くんが問いかけた。
さっきまでの強引さが嘘のような低く落ち着いた、私の知らない男の人の声。
「どうしてって言われても・・、・・・絵美が、いたし」
「関係ないだろ、そんなの」
「関係あるよ。だってどう見ても私いらないじゃん」
「いる」
「いらない」
いるよ。そう言って月くんは、私を一層私を抱きしめる力を強くした。
いらないよ、私は。主役はきっと月くんと絵美じゃん。こんな暗くて眼鏡で可愛くない私なんかいらない。ネガティブでごめんね。
「絵美なんて嫌い。俺は葉が好きなんだよ。それで良いじゃん」
「良くないよ。絵美に悪いじゃん。付き合ってるんでしょ?」
そう言うと、
「は?付き合うわけ無いじゃん、あんな奴と。みんなが勝手に思ってるだけだし」
やばい。一層不機嫌になってしまった。と言うか、そんな風に絵美のこと思ってたのね。
「ね、・・・・避けないで」
おねがい。
・・・・こう言うの、卑怯だと思う。
私みたいに押しに弱いチキンなヤツは一発なんじゃないかな。耳が死ぬ。
「・・・分かった、けど。絵美とは仲良くしてよね」
「・・・・・・・絶対?」
「絶対。一緒にいなかったら話さない」
言っていて、あれ、なんか矛盾していることに気がついた。
二人と一緒にいたくなくて避けてたんじゃなかったっけ、私。・・・ホント馬鹿。
「あ、あと!絶対学校では近づかないでね!」
「やだ。葉大好きだし、俺」
付け足した私の願いは、あっけなく否定された。
月は、葉を連れて五限目が終わった十分休憩中に戻ってきた。
_・・・なんで手なんかつないでんのよ。
もちろん、口には出さない。
「月、いないから心配したよ。葉ちゃんも!」
にっこり。
貼り付けた笑顔なんてお手の物。これでみんな騙せてしまう。単純だもん、みんな。
「ごめん、心配させて。久々に葉と話したから、長くなっちゃって」
「・・・あ、うん、そう。ごめん、絵美ちゃん」
「そっか。絵美も葉ちゃんとお話ししたかったなー」
嘘だけど。
「・・月くん、そろそろ予鈴なっちゃうから。手、離して」
「・・・・分かった」
いらいらする。なに、なんで月ってばそんな顔するの?
_・・・・・本物のヒロインには、勝てないってわけ?
このポジションは、絶対に渡さない。
自分のてのひらを見つめる。まだ若干月くんの温もりを感じさせる。
・・・って、変態か。
同年代の男と手を繋ぐなんて久々すぎてなんか不思議な感じだ。
幼稚園や小学校時代とは、全然違う。
_・・・月くん、手おっきかったな。
そんな幼馴染みの成長を肌で感じてしまったんだ。これくらい思うのは許してください。
・・・というかさっきからチラチラと視線を感じる。
クラスメイトからの好奇の視線や、・・・月くんからも。
「はあ・・」
面倒くさいのは、嫌いなんだけどな。
「ね、ねえ。宮峰さん・・・」
放課後、私に話しかけてきたのは同じクラスの平松さん。若干もじもじしながら私の名前を呼んだ。
「何?平松さん」
「あ、あのね・・。違ったらそれで良いんだけど・・。」
「・・・?」
「つ、月くんと・・付き合ってるの・・・?」
ああ・・・。そういう事ね。誰か来るんじゃないかなとは思っていたけど、まさか平松さんが聞いてくるとは少し驚きだ。ほら、平松さんって話を無理して合わせようと頑張ってる系女子だし。
周りを見ると、数名の女子が好奇の視線をこちらに向けている。
その中の一人の女子は、女子の中心にいつもいる人だから、きっと彼女に言われたんだろう。
ここで何も言わなかったらきっと平松さんに何かありそうだから、ここは正直に答えてあげるのが一番かな。
「私、月くんとは付き合ってないよ」
「ほ、ほんとに・・?」
「うん」
平松さんはほっとしたように息を吐いて、ごめんね、ありがとうと言って女子達の集団の方へ戻っていった。よかったよかった。
「よくないよ。ばか葉」
「え・・、」
気がつくと目の前に月くんが居た。というか心を読まれた。何これ怖い。
「・・・月くん」
「俺たち付き合ってるんじゃないの?」
あんなに好きって言ったのに・・。そう言って少しだけ拗ねたように頬を膨らませた。イケメンだからどんな顔でもかっこいいね。羨ましいよ顔が整ってて。
「・・・好きって言ったのは、月くんだけでしょ。私何も言ってない」
小さな声で返答。でもきっとさっき月くんが言ったことはあの女子達には聞こえている。その証拠に驚いたようにこちらに顔を向けている。ホントやだよこんなの。
「むー・・」
可愛い・・・、じゃなくて。
「月くん、絵美はどうしたの?」
「・・・・知らない」
月くんはバツの悪そうな顔をして、私から視線をそらした。
「いつも一緒に帰ってたでしょ。絵美も困るんじゃないかな」
「ええ・・。だって俺葉と帰りたいし・・・」
「じゃあ、葉ちゃんも一緒に帰れば良いんじゃないかなあ?」
・・・ビックリした。急に来た絵美はいつものニコニコとした笑顔でそう提案する。
「急に居なくなってビックリしたけど、葉ちゃんも誘うためだったんだね」
「え・・。あー・・、私はいい・・」
「そうだよ。だから三人で帰ろう、絵美」
「うん!」
・・・あれ。私の意見は聞かないのね・・。
「ねえ、これから絵美の家に来ない?」
「え・・」
あれから結局三人で帰っていた途中、絵美がそんなことを言って来た。
え、それって軽く私には死刑宣告なんだけど。
「ね。久し振りにさ。ママも葉ちゃんに会いたがってるよ」
うそだうそだうそだ!
だってあの人私のこと・・・、
「だめ。葉は絵美の家に行ったらダメ」
軽く昔のことを思いだしてパニックになっていた私の傍からこの提案に否定をしたのは月くんだった。
いつの間にか左手をぎゅっと握られていた。
「・・月くん・・」
「えー、なんでダメなの?」
「ダメなのはダメ。じゃ、ばいばい」
見れば、もう絵美の家はすぐそばだった。
絵美の返答も聞かずに、月くんはさっさと私達の家の方向まで歩いて行く。
「・・・ありがとう、月くん」
「別に。葉、泣き虫だからね」
いつになっても、やっぱり私は月くんに守られてばっかりだ。
握られた手の温もりで、今日何度目かの心が満たされていく感じがする。
じわじわと、再び封印したはずの私の黒歴史が浮かび上がってくる。
_私、やっぱり月くんが好きだ・・。
今はまだ、目の前の彼には恥ずかしいから言わないけど。
私は目の前を歩く月くんの手を少しだけ握りかえして、月くんの隣へ歩みを進めた。
絵美の名前が絵里になっていたので修正しました。指摘してくださった方、ありがとうございます。