♪、94 君がいちばん~前~
新作ではありません。
引っ越し作品です
同窓会。
それは懐かしい旧友達に再会できる機会。
本来ならそれに出席するのは、人生の楽しみの内の一つなのだろう。だが俺は他の奴らと違う。
「どうしたの、兄さん。そんな顔して。サクちゃんが怯えちゃってるじゃないの」
怖いパパでしゅねぇ~、と、生まれたばかりの姪を相手に俺を馬鹿にしているのは、妹の矢田 利依。
利依は、紘人に完全に失恋した後、心機一転、仕事に打ち込んでいたのだが、つい先日、俺の取引先の御曹司に見染められ、交際する事無くいきなり入籍し、俺達家族を驚かせた。
しかし、当の本人である利依はそれなりに幸せらしく、また、愛され大切にされているらしく、ようやくではあるが吉乃と和解出来たらしい。
元々吉乃を実の妹の様に溺愛していた利依は、自分が結婚した事で、自分が如何に自分勝手だったかを理解したようで、最近はもっぱら仕事に復帰した吉乃の代わりにベビーシッターをかって出ている。
「アタシも女の子が欲しいなぁ~。でも理壱さんは男の子が良いって言ってるしなぁ~」
そう言いながら、まだなだらかな自分の腹を撫でつつ、ブツブツ文句を並べては、朔乃と睨めっこをしている。
利依の出産予定日は今年の9月らしい。
夫婦仲が良くて喜ばしいのはこの上ないが、何故毎日のように我が家に来る必要がある。ただでさえあのやけに嫉妬深い義弟は利依に固執していると言うのに、これではまた明日ネチネチと嫌味を言われてしまうではないか。
こっちはただでさえ行きたくもない高校時代の同窓会を、如何に断ろうかと困っているところだと言うのに。少しは察して欲しい所ではある。
「なーに、その目は。あ、また浮気でもして義姉さんと喧嘩でもしたんでしょ」
「ば、お前はなんて事を言うんだ。冗談でもそんなおぞましい事を矢鱈と口にするな」
冗談でもそんな事が一度でもあってみろ。
吉乃はただでさえメンタル面が複雑で、軽度のうつ病を患っている疑いがある。
少しでも不安が生じれば、衝動的に自殺願望が発露する。
夜中もたまに魘されているのだ。
――あの忌まわしい、人間としても屑にもならない奴等のせいで・・・。
そんな彼女を愛し支えればこそ、裏切りはしない。
それに俺は彼女以外の女性には性欲の欠片すら湧かない。
「冗談じゃないの。そんな本気にならなくたってちゃんと解ってるわよ」
あー、ヤダヤダとまるで俺を毛虫を見るかの様な目で見て、鼻で笑い、朔乃のおしめを変えた所で、なんでもない事の様にぽつりと呟いた。
「兄さん、そんなに同窓会に姉さんを連れて行きたくないんだったら、私が同窓会に同伴しようか?その日は丁度理壱さん出張だし」
その呟きを聞いた俺は、苦笑を滲ませながらも、有り難く受け入れた。
そうなのだ。
俺が同窓会に出たくないのは、必ずと言って良いほど女性同伴が義務付けられていて、去年までは会社の勘違い女共を同伴していたのだが、吉乃と解り合えた今ではそれは全くあり得ない。
そして今年こそは吉乃を連れて行こうとも思っていたのだが、同窓会の幹事を務めるヤツが無類の女好きだったので、悩んでいたのだ。
「そうして貰えると助かる。――なに、顔を少し出すか、一次会に義理程度付き合うくらいだ。すぐに帰るから、安心しろ」
同窓会は三日後。
まさかその同窓会が原因でまた彼女を泣かせてしまい、また愛おしく感じてしまう事に繋がるとは知らずに、俺はホッと安堵の為の溜息を吐き、愛おしい彼女が帰ってくるのを、娘と利依と三人で待っていた。