♪、91 お母さんの写真と日記
7月にもなれば私と糸帆さんも完全に安定期に入り、お腹の膨らみもだいぶ目立つようになっていた。そんなある日、休日を利用して、妊娠中の太り過ぎを防ぐ為の運動を兼ねた掃除をしていた私は、一冊のアルバムと日記を自分の仕事部屋で見つけ、手に取った。
日記自体は以前に一度目を通していたけれど、その時はアルバムにまでは目を通してはいなかった。
(ちょっとだけ、うん。ちょっとだけだから。)
周りに誰もいない事を確認し、アルバムとその日記を開いた。
この日記とアルバムは長野から送られてきたもので、送り主は長野でお世話になった女性。あの日以来、その人とは時折手紙をやり取りしている。
パラッと開いたアルバムの中の写真は、家族との写真は無く、いつもおんなじ人達との写真しかなかった。
その写真の中のお母さんが何処か寂しそうなのは、私の思い違いじゃない。
その写真の事は日記にも書いてあった。
寂しいなんて言えない。私を見てなんて言えない、喧嘩しないで、優しく笑ってなんて言えない。お父さんもお母さんも私を見てくれない。
リコが玲壱とここを出て行く。二人は優しいから私がここにいてと言えば、二人は残ってくれる。でも、その代わり二人は別れる事になる。そんなの出来ないよ・・・。
先生が婚約するんだって。私に祝福して欲しいんだって。何言ってんだろ。私が祝福できると思ってるの?そんなの出来っこないよ。バカだね、先生。
先生、私先生の事本当に好きだったみたい。今更そんなこと言ったって遅いよね?間に合わないよね?だって、今日は先生の結婚式だもん。
どうしよう。どうしよう。こんな筈じゃなかったのに。妊娠したなんて言えない。言えないよ先生。怖いよ怖いよ、先生。
お腹が大きくなってきた。もう中絶は出来ない。頼る人なんていない。でも仕事場の人達が理解のある人達で良かった。託児所もあるから、産んでもこの子と生きていける。
先生、奥さんはどうしたの?どうしてここにいるの?結婚て何?この子は私の子で先生の子じゃない。なんとか誤魔化したけど、もうここには居ない方が良いのかもしれない。仕事は辞めよう。
先生、泣かないで。私は死んでも、この子が先生の傍にいてくれるから。だから泣かないで。きっと可愛い女の子よ。
先生、いよいよみたい。今ね、すごくお腹が痛いの。それでもこれを書けるのはね、私が確かにこの子を愛していた記録と証拠を残す為。もし無事に私が産めたら、またプロポーズしてね。名前も一緒に選んでね。
先生、約束、守れないかもしれない。さっきから、息が苦しいの。胸が痛いの。昔のツケかな・・・。最後かもしれないから、書くね。
先生、大好き。私を選んでくれてありがとう。結婚式、したかったなぁー・・・。
「お母さん、お母さんも苦しかったんだね。」
色々な思いの詰まった日記を抱きしめ、ポロリと一雫、涙を流す。
と、その時、ポコリ、と、お腹の中から蹴られた。多分、勇気づけてくれたのだろう。
「ありがとう」
お腹を擦り、立ち上がろうとした時、それは落ちてきた。
小さな小さな紙切れだったけれど、それはお母さんがお父さんへの思いをフランス語で書いた愛の言葉だった。その紙を日記帳に挟み、私はその日記帳とアルバムをリビングの本棚に丁寧に収納した。
あの紙に書かれていた事を私も同じように言えたのなら、きっと幸せなのだろうと思いながら。