♪、83 命、再び
煮詰まった・・・。
それは4月もそろそろ終わりの頃だった。
いつものように、いつもの通り朝食を用意していた私は、急に気持ち悪くなり、ご飯が炊ける匂いが堪らなく嫌に思った。それでもなんとか頑張り、朝食の用意を終えた私は、フルーツとヨーグルトだけを先に食べ、お弁当を手早く作って包み、通勤用の鞄に押し込んだ。
その間に智は起き出してきたようで、インスタントコーヒーを私の分まで淹れて置いてくれていた。でも、またしてもそのコーヒーの独特の匂いが、私の神経に障った。
「どうした?吉乃」
知らず知らず、眉間にくっきりと皺を刻みこんだ私を心配し、傍に寄って来てくれた智の手も煩わしく、苛々した。
何もかもが気に喰わない。
どうしてこんなに腹立たしいのか。
「まず座ったらどうだ?」
「煩いのよッ」
「吉乃?」
伸ばされた智の手を粗雑に打ち払ってから、私はすぐに智に謝った。
智は何も悪くない。何も悪くないのに腹立たしい。その腹立ちの理由が解からない事が、もっと腹立たしい。
グルグルとした嫌悪感に苛まれていた私は、遂にワケも判らず悲しくなり、朝から泣いてしまった。
「どうしたんだ?何を泣く必要がある。」
「解からないの。解かんないから不安なの。なんだか朝から妙に苛々して、気持ち悪くて堪らないの。」
ボロボロとなく私の両手を掴み、私の顔を覗き込もうとする智に抱きつき、私は子供の様に泣き喚いた。
意味不明な苛立ちと気分の悪さ。
もしかしたらまた悪い病気なのかもしれない。
どうして、どうして私だけ。
そこまで心が暗くなりかけた所で、智はふ、と、私のお腹に手を当てた。
そして。
「吉乃、もしかしてお前、妊娠してるんじゃないか?」
「に、妊娠?」
智のその突拍子もないない言葉に、私は流していた涙が止まった。
「あ、あり得ない。だって、だって。」
すぐに否定した私に、智は微妙な顔をした。そして小さな溜息を一つ洩らし、ビシッと私の額を叩き、立ち上がった。
「なら、検査キットでも買って来てやろうか?」
「・・・・・・。」
「吉乃、そんな顔するな」
そんな顔ってどんな顔よ。
私は自分が不貞腐れた顔をしているとも知らず、保育所に出勤し、そこで貧血で倒れ、所長に怒られながら付き添って貰った病院で、智に指摘された通り、妊娠している事を知ったのだった。