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Si je tombe dans l'amour avec vous  作者: 篠宮 梢
第六幕:決別する過去と、これからの未来
83/97

♪、82 愛を伝える日

(どうしよう・・・。)


 まさかこんな日に・・・。


 

 私はその紙を何度も見直しつつも、頬を赤らめ、「あー」だの、「うぅー」だのと、声を出して悶え、悩んでいた。


 今、私が手にしている髪は氷川先生が書いてくれた診断書。それを見て、どうして私が頭を悩ませているのかと言うと、その紙に書かれている内容が理由だった。この診断書を書いてくれたのは、美貌の女医もどきの氷川ひかわ 奈緒なお先生、男性医師。


 昨年末の流産で子供を喪い、退院する際に「三ヶ月は性交禁止」と、言っていたその氷川先生が、今日の定期検診で、私の身体を普段より念入りに色々と調べているなと思っていれば。


『何所に何も異常はないみたいね。すばるからも聞いてたけど、顔色も良いみたいだし、もう良いわよ。貴女自身が大丈夫なら、もう子供作っても大丈夫よ。エコーで調べたけど、中も空っぽだし。ハッピーバレンタイン。私からのささやかな贈りモノよ。』


 そんな贈り物、嬉しくない、とは嘘でも言えなかった。子供がまた望める体調になったのは嬉しい。けど、何もこんな在り来りな日でなくとも良いではないか、と思うのは、私の逃げだろうか。精神科の先生も結局は私次第なのだと言っていた。


「こ、これは、見なかった事、聞かなかった事にしよう、かな?でも、智は智で気にしてるし・・・。」


 今でも智に触れられるのは、智に限らず、男の人とは話すのも怖いけど・・・、智とのキスは、少し前から大丈夫になっていた。なら・・・。


(で、でも、私が良くても、智はね・・・。)


 そうだ、うん、そうよ、と、なんとか自分を納得させ、顔を上げた私は、そこでまた固まった。


(な、なんてトコにいたのよ~!!)


 私は自分の愚かさを自分で呪いたくなった。何しろ私が立っていたのは、高級ランジェリーショップの前だったのだから。そこで立って悩んでいる理由は、真実がどうあれ、答えは一つ。故に。


「お決まりですか?お客様」


 にっこりスマイルの綺麗な店員さんが、私に声を掛けてきた。辺りを見回せばそこには私以外に立っている人はいなく、綺麗なお店のお姉さんは、明かに私をお客だと思っているようだった。悲しく、空しいことに、ここで「いいえ、私はお客ではありません」と言えるほど、私は自己主張が出来ないタイプだった。


 綺麗なお姉さんの営業スマイルの気迫にあっさりと白旗を上げた私は、にこりと、仕方なく微笑み返し、その人にあるお願いをした。


 その結果。


「お客様、スタイルが大変よろしいですね。ですのに2カップも違う下着を着けていらしては、折角の綺麗なお胸の形も崩れてしまいますよ?お客様は間違いなくDカップです。Bなどではありません。もし今ご自宅にあるモノが全てBだと仰るんでしたら、今日は3着ほど選び、残りは後日と言う事に・・・。あ、折角ですので、ガーターとネグリジェも如何ですか?昨年の限定品だったんですが、売れ残ってしまったので、通常価格よりかなりお安く出来ますよ?」


 瞳を爛々と輝かせた店員さん達に、あれやこれやと商品を勧められ、最後には着せ替え人形と化していた。


「お似合いですわ。もう、是非とも我が社のモデルになって欲しい位にお似合いです。」


 その言葉に私は頭を精一杯横に振った。それでも一枚だけ撮らせてくれと言われ、頼まれたので、一枚だけと言う約束で、写真は了承した。その一枚をどうするのかと聞けば。


「引き延ばしにして、お店に飾らさせて頂きます。」


 顔は写ってませんよ、と言われ、それを確認した後、私は来ていた服を身につけて清算しようと財布を取り出した。そこで、私はまた驚く羽目になってしまった。


「モデル料です。お受け取り下さい。」


 料金にして軽く12万以上の品々をただで貰ってくれと言われ、私はせめてとばかりに、店の名前と連絡先を聞いてから家に帰り、お風呂を沸かし、夕飯の下拵えを終えた所で、魔が差した。


 今日はバレンタインデーと言う事で、智は残業になり、夜の19時を過ぎてからしか帰ってこない。時計を見ればまだ17時を少し過ぎただけで、まだ智が帰って来るまで2時間くらいの余裕があった。


(だ、大丈夫よね。ちょっとだけ、そう、ちょっとだけよ。)


 ドキドキと胸を高鳴らせ、買ってきた(貰った)下着をショップの袋から出し、身に着けていた服を、寝室の姿鏡の前で脱ぎ、下着も脱ぎ、買ってきたそれを、店員さんに教えて貰った通りに身につけた。


 すると、確かに今まで着けていた下着とは違い、息苦しくもなく、心なしか肩も楽になった。でも。


(む、紫って無駄にドキドキする。)


 これはダメだ、恥ずかし過ぎる。と、他のランジェリーを見下ろし、私はまたもや後悔した。何故なら買ったそれらの全ては、女でも官能を刺激されるものだったからだ。それで良く良くそのタグを見れば、『勝負下着ならコレ』と、小さく書かれていた。


(しょ、勝負下着って・・・。)


 確かに勝負する人はいるだろうけど、私はただの衝動買いで・・・。そう思いながら、シルクで出来たほんのりピンク色のネグリジェを着た所で、あり得ない声が聞こえた。


「吉乃?」


「・・・っ!?」


 その声に咄嗟に振りかえってしまうと、明かに戸惑いの表情を、その精悍な顔にありありと浮かべた智がいた。


「何を、してるんだ?」


「ひ、ひとり、ファッションショー?」


 あられもない下着姿を見られた私は、誤魔化し笑いを浮かべ、ウフフフ、と笑った。でも、智は誤魔化されてくれなかった。


「その下着はどうした?」


 智の戸惑いがちで、それでいて不審そうな声音に、私はさっきまでの事をカミングアウトした。それを私から聞いた智は。


「そのショップ、品質は良さそうなのに、客はいなかったんだな?」


「うん。お客さんは私だけ。けど、とても親切で丁寧なのよ、そこの店員さん達。すっごく、働くのが楽しそうだった。きっともっと働きたいのよ。本当は」


「そうか。なら、父さんに言ってみるか。男性用もあったか?」


 智のその言葉に、私はすぐに頷き、満面の笑みを浮かべた。これで、お返しが出来るかもしれない。そうしてにこにこしていると、智は非常に言いづらそうに私に言った。


「吉乃、話は判った。だから、服をそろそろ着てくれないか?流石にその格好は・・・。」


 我慢が出来ないと、耳元で囁くように落された言葉に、私は己の姿を顧みて猛省した。


 四つん這いになって、明かにどこぞのグラビアの様な姿勢は、確かに智の目の毒だろう。普段なら、私も絶対にやらないし、何よりも嫌いな格好だった。


 けれど、気付いた時には、私はもう智に抱きついていて、智はそんな私をどうしたんだ、と、本当に心配してくれた。それにとびっきりの嬉しさを感じながらも私は願う様に、乞う様に智に囁いた。


「抱いて・・・。愛して・・・。私をもう一度、智の奥さんにして・・・。」


「吉乃・・・、大丈夫なのか?」


「大丈夫だから、だからお願い。私を愛して・・・。」


 智なら大丈夫だから。

 智なら私を傷付けないって知ってるから。

 智なら、私に絶対優しくしてくれるって、解かってるから・・・。


「ハッピーバレンタイン、智。」


 それからは、お互い言葉もなく、久しぶりに深く深く愛し合った。そして私と智は、その日、夕飯も食べないまま、深く、甘い眠りについた。


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