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Si je tombe dans l'amour avec vous  作者: 篠宮 梢
第六幕:決別する過去と、これからの未来
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♪、74 親友からのキス

不快な話ばかりで済みませんでした。

「いやぁーーーーーーーーっ」


 本来なら清々しく迎えられる筈の朝は、ここ二・三日、私の悲鳴と共に朝を迎えている。


 助け出されてから今日で三日目。本来なら精神科にお世話にならなければならないだろう私が、産婦人科の個人病院に入院しているのは、そちらの方が何かと都合が良いからだと言う。


 でも事情が事情だけあって、完全個室の特に防音性に優れている部屋を割り当てられているらしく、苦情などは私の所までは一切入ってこない。


 こうして自分自身の悲鳴で起きるのは何度目だろう。

 今こうして病院にいるのも嘘ではないだろうか。

 助け出されたのも、私の妄想が創り出した絵空事なのではないだろうか。


 空調設備が万全な病室で、ガタガタ震えるのは、身体が寒いのではなく、心が恐怖に怯え、萎縮しているから。そうして一人でガタガタと震えていると、ガーベラの花を花瓶に活けてきた人が病室に入ってきた。

その人物を見て、一瞬だけ身体が拒絶反応を起こし掛けるけど、それは本意じゃない。


「解かってる。泣かなくてもいい。それが普通の反応だ。吉乃は何も悪くない。」


 花瓶をサイドテーブルに静に置き、パイプ椅子に座ると、その人は艶々とした真っ赤なリンゴの皮をナイフで剥き始めた。


 ここには刃物の様な鋭いモノは一切置かれていない。その理由は、きっと私の自殺防衛に違いなく、定期的に先生や看護師さん、それに女性刑事や警察官も来る。警察関係者は多分それだけではなく、事情聴取も兼ねているのだと思う。


 警察も暇では無い。それは解ってるつもりだ。

 でも、まだ話したくないと心が叫んでいる。それに反論するように、別の私がまた叫ぶ。


 可動式のテーブルの上に乗せた両手が、細かく震える。

 落ち着きなくきょろきょろする私を見ても、その人――智は、何も言わず、ただ、リンゴの皮をむくのを止め、タオルケットで私を包むと、その上から私の様子を見ながら、優しくきゅっと抱きしめてくれる。


 その抱きしめ方は、性的な色や感情はなく、ただ、小さな子を慰めるかのような温かい抱擁で、安心して寄りかかる事が出来るものだった。


 背中をポン、ポンと軽く叩き、大丈夫だと繰り返す智。

 

 智は朝と夕方にしかいない。

 本当なら一日中傍にいてやりたいと言ってくれたけど、智は小さな洋食屋に勤めだしたばかり。それに、そこの洋食屋さんは智がいないとやっていけないとまで言ってくれた。

 

 そんな頼られている智を、私にだけ縛りつけとく事なんか出来る訳ない。でも、今日はもう少しだけ…。


「ごめんなさい・・・。会社も大変な時に・・・、こんな騒ぎなんか起こして。」


「吉乃が悪い訳じゃない。吉乃は被害者だ。誰が何と言おうと、吉乃は悪くない。それに、会社の方の犯人も、お前の親友のお陰で逮捕できたしな。」


「親友・・・?」


 そんな人、私にいただろうか。

 確かに尚とは仲は良かっただろうけれど、そこまでは親しくはない。


 親友、親友と繰り返しぶつぶつ口の中で呟く私の頭に、突然衝撃が襲った。


「ヒドイじゃないですかぁ~。七海、泣いちゃいますよ?」


 頭を押さえ、犯人を見つけようとした私の視界に、頬に湿布を貼りつけた、愛らしい嘗ての後輩の姿が、半ば強引に写り込んできた。


「七海ぃ~、センパイとは親友になれたと思ってたんだけどナ」


「・・・(ぽかん)」


「もう、先輩ってば、なんか言って下さいよぉ~」


 久しぶりのぶりっこぶりっこ光線と、甘あま口調に、私は軽く脱力した。

 そうだ、彼女はこんなキャラだった。ただ、それは偽物で。


「七海、私が悪かったから、そのぶりっ子タイプやめて?」


「やめてあげません。センパイ、七海の事、忘れてたんだもん。ひど過ぎるっ!!」


 これはイカン。

 相当拗ねている。


 私は智に大丈夫だからもう離してくれと、目で訴え、七海に腕を伸ばした。

 

 先に言っておきます。

 私と七海は確かに親友で、仲は良いですが、そういう関係ではありません。


 チュッと、口に触れた、柔らかく、温かく、甘い感覚に、私は吃驚して動けなくなった。


 それを見た七海は、にっこりと、してやったりな笑顔で言いのけた。


「消毒終わりっ。嫌な事だけ考えてちゃ、髪の毛抜けちゃいますよ。それより今回の一連の犯人に一刻も早くオトシマエつけて、七海にセンパイのあかちゃん抱かせて下さい。そして、『海乃』って名前つけましょ?」


 オトシマエ、あかちゃん、海乃・・・。


 いいえ、それよりっ。


「七海っ!!いきなりキスする事無いでしょ~!?」


「何よ、センパイのイジワル。キスくらい、犬にでも舐められたとか思っておけばいいじゃん。センパイは先輩なんだし。きれいになりたいんだったら、早く元気になって、七海と恋して、そこのへタレな社長に愛されちゃって下さい。それが立ち直る最速手段ですよ?決別するって決めたんでしょ?」


 七海のその言葉に、七海のこの言動の意味を漸く理解した。

 七海も七海で私を本気で心配してくれている。


 でも、これだけは言わせてもらうわ。


「七海とは本気の恋だけはしたくないっ!!」


 その日、私は三日ぶりに大声を張り上げ、何故か七海と智に喜ばれた。

 その答えを知るのは、もう少し先の日。

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