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Si je tombe dans l'amour avec vous  作者: 篠宮 梢
第六幕:決別する過去と、これからの未来
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♪、73 救出

もうヤケ。

「吉乃っ、おい吉乃っ。」


 あぁ、私は遂に壊れたの・・・?

 そうでもなければ、この人は私の前には居ない。

 それでも、縋らずには居られない。


「さ、さとしぃ~、」


 怖かった。

 悔しかった。

 なんでこんな目に、と。

 ただ嫌で嫌で。

 どうにもならなくて。

 それでも守りたくて。


「もう大丈夫だから。だから落ち着いて呼吸しろ」


 頬を軽く何度か叩かれ、袋を口許に宛がわれ、それを無意識の内に自分で宛がい、自分の吐いた息を吸い込み、呼吸を繰り返す。


 その間、ずっと力強く抱きしめていてくれた私の唯一の人。

 その人に見守られ、何度か呼吸を繰り返せば、息が楽になり、それと同時に、感覚も戻ってきた。


「ふぁ、あ・・・っ」


 そのせいで、何でもすぐに感じて反応してしまう、忌々しい身体。

 もしこの身体が着脱可能なのならば、脱ぎ捨ててしまいたい。

 でも、それは出来ない。


 苦しい。

 熱い。

 辛い。

 楽になりたい。


 色々な思いと感情が私の正常に戻りかけた思考を支配していく。私がその思考に導かれるように腕を天に伸ばし、救いを求めれば、大きな手が私の震える手をしっかりと掴み、握り返してくれた。


「吉乃、俺が判るか?」


 うん。でも、声が出ないの。

 出したくても出せないの。

 もし今声を出してしまったら、私は取り返しのつかない事を言ってしまうから。


 私が頭を上下に動かすだけに止めたのを見て、そして注射針の跡だらけの腕を見て、智はゆらりと立ち上がり、私を誰かに預けたかと思うと、数人の男達に取り押さえられている男に歩み寄るなり、殴りかかった。


 しかし、それは一発だけで終わり、後は忌々しいモノを見たかの様に、視線を逸らし、恐ろしいほどの冷たい声で宣言した。


「殴る価値もないが、これは俺の憎しみのほんの一部だ。どんな手を使ってでも、お前は許さない。死んだ方がマシだと思うような人生を送らせてやる」


「綾橋さん、お怒りは最もですが・・・」


「あなた方はこの虫けらを擁護するんですか。――警察も堕ちたものだ。」


 警察。

 

 智のその言葉に、身体の芯が少し冷える。

 それほど大騒ぎになっていたのだろうか。

 警察が出動するほどの大騒ぎに、本当になっていたのだろうか。


「感謝するんだな。この国が銃刀法に守られていなければ、お前はもう虫の巣だっただろう。」


 本当に人は殺してやりたい人間を目の前にすると、こちらが腰を抜かすほどの美しい微笑みを浮かべるのだと初めて知った。


 智は自分の殴った男を数人の男に預け、再びこちらに戻ってきた。

 そして。


「助け出すのが遅くなって悪かった。もう男を見るのも触れるのも嫌だと言うのなら、近付かない。でも、」


「いや、捨てないで。私を捨てないで。汚れた身体が嫌なら、抱いてくれなくてもいいから、捨てないで。傍に居させて」


 別れにも似た言葉を耳にした私は、私を抱き留めてくれている人の制止も聞かず、必死に智に縋りついた。


 智に捨てられたら生きていけない。

 捨てられたら、今度こそ完全に壊れてしまう。

 

 私が今まで正気を保っていられたのは、どこかできっと智が助けに来てくれると信じていたから。

 汚れた私でもこれまでと変わらず愛してくれると信じていたから。

 でも、それが違うと言うのなら・・・。


「お願い、私を捨てないで・・・。」


 今までの恐怖も、官能も全てが無散し、熱い涙が流れてくる。

 捨てられたら、生きていけない。


 私のこの深い嘆きに、智は何も言わず、私の流す涙を指で優しく拭い、フックコートを脱ぎ、その上から抱きしめてくれた。


「吉乃は汚れてなんかない。綺麗なままだ。俺がそう言っても今の吉乃は信じられないと思う。だから、暫くは氷川先生にお世話になろう?彼女なら吉乃も安心だろ?」


 油の匂いが染み込んだ白衣越しの抱擁は、それだけで私を落ち着かせた。

 その落ち着いた様子の私を再び抱き上げた智は、近くにいた女性警察官に声を掛けると、一緒に病院へ着いてくるように頼み、私を閉じ込めていた家から救い出してくれた。


 それから数時間後、私は病院の病室で、菜々宮の当主が婦女暴行罪の容疑で逮捕されたと、女性警察官に知らされた。それにより、私は再び世間に注目される事となる。


 今度は悲劇の主として。


 でも、大丈夫。

 その時の私の横には、頼もしいあの人達ががいてくれたから・・・。

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