表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Si je tombe dans l'amour avec vous  作者: 篠宮 梢
第一幕:吉乃の入院と病
7/97

♪、6 別れた姉の真実

 今回は利依さん視点です。

 私、綾橋あやはし 利依りい、27歳。


 私には少し年の離れた兄さんがいる。

 その兄さんの様子が、最近どこかおかしい。


 急に実家に帰ってきたかと思えば、新築して3年しか経ってないマイホームを売ったり、(これはお父様が内々に買い取った。)得意でもないお酒に手を出してみたり。

 そして一番おかしいのは、あの義姉さんを手放した事。


 あらゆる手段や伝手を駆使して結婚したのに、どうして離婚したのだろう。


 兄さんは義姉さんが浮気して、別れて欲しいと言われたから、別れてやったと言っているけど。

 だけどね?


(そんな事、信じられる訳ないでしょ!?)


 確かに兄さんは無愛想で誤解されやすい人だけど、本当はとても繊細で孤独で、誰よりも脆い人。


 小さな頃から宗一そういち兄さんと常に比べられ、綾橋の帝王学を叩き込まれ、完璧を求められてきた兄さん。

 そんな兄さんに近づいてくる人達は、みんな綾橋の財産と名前、兄さんの容姿だけが目的だった。


 兄さんもそれを知っていたから、ある時期から女性とは付き合いはしても、結婚だけは絶対しようとしなかった。


 その兄さんが3年前、日本に帰国して少したった頃、初めて私達家族に結婚しても良いと、一人の女性の写真を見せてくれた。


 泣き黒子が印象的な、大人しく、儚く、穏やかに微笑む可愛い女性ヒトだった。


 それが今回浮気して、兄さんの所から去っていった義姉さん、菜々宮 吉乃さん。



 義姉さんは私より一つ年下だったけど、兄さんを良く支えてくれていた。


 お父様やお母様さえ知らない、食の好みも完全に把握していた。

 兄さんも義姉さんを本当に愛してた。


 兄さんと義姉さんは、私の理想の夫婦像だった。


(なのに、どうして?どうしてなの?義姉さん。)


 兄さんが急に家に帰ってきた日、兄さんは離婚届を手に持っていた。


 そしてその夜、私達家族は驚きのあまり、氷の様に固まってしまった。


 あの、何が起きようとも決して表情を崩さない、見せない兄さん、一部の人達からは冷酷とさえ言われている兄さんが、肩を震わせ、涙を流し、私達家族の前で泣いたのだから。


(義姉さん、どうしてなの?兄さんのどこが悪かったの?)


 兄さんの事で、これ程驚いたのは、この時が初めてだった。


 

 兄さんの初恋は、間違いなく義姉さんである、吉乃さん。

 

 兄さんは、その初恋の相手である義姉さんから離婚届を突き付けられた。


(辛いわよね・・・、これは。泣くしかないかも。)


 でも、驚くのはまだ早かった。


 兄さんも変な所で人が良いのか、単純なのか、夢見がちなのか、籍も入れてなかったと、これまた爆弾発言をしてくれた。


 兄さん曰く、


『本当に信頼してもらえ、許して貰えたら、籍を入れるつもりだった』


(兄さん、今時、そんな人何処にもいないから!!)



 その日から、兄さんの感情や表情から「笑顔」や、「微笑み」、「喜び」は消え、昔の蝋人形みたいな、冷たい、温もりの欠片も感じられない兄さんになってしまった。




 私がその日、その病院にいたのは、不眠症になってしまった兄さんの為に、仕事で忙しい兄さんに頼まれ、代わりに眠剤を貰いに来ていたからだった。


 だけど、私はその日の偶然を、後になって深く感謝した。


(どんだけ待たせんのよ!!予約時間過ぎちゃってるじゃない!!)


 苛々と診察室の待合室で待っていた私の耳に入ってきたのは、ここには居るはずのない人の声と名前。


「菜々宮さん、本当にご家族には連絡できないんですか?これは貴女の命にかかわる重要な事なんですよ?」


「………、良いんです。私には家族なんていませんから。」


「菜々宮さんっ!!」


(ウソ、でしょ?どうして義姉さんが・・・?)


 兄さんは義姉さんが浮気して、出って行ったといっていた。

 なのに、どうしてここにその『義姉さん』がいて、声がするのだろう。


 私が何も出来ないでいる間にも、義姉さんの苦しそうな声は響いていた。


(義姉さんが消えて、兄さんと別れて今日で二週間。)


「もう、放っておいて下さい。私の命は私のだけのもの。私が死んだって、誰も悲しんだりしないわ!!」


 廊下にまで良く響く声は、どんなに願っても、間違いなく義姉さんの、弱々しく、悲しい色が混ざり合ったものだった。


「まただわ。」


「えぇ。でも、あの子も可哀想な子ね。よりによって進行性の癌だなんて・・・。」


 --もう、手術も手遅れなんですって。


 

 勝手な事を言わないで欲しかった。


(義姉さんも義姉さんよ!!)


 ヒソヒソと囁き合う他の人達の言葉が、何よりも義姉さんの言葉が、私の胸を深く抉り、斬りつけ、傷付けた。


(迷ってる暇なんて、迷う必要なんて、ないわ。)


 私は兄さんの眠剤も受け取らず、急いで家へ帰った。


 今ならまだ間に合うかもしれない。

 

 それは根拠も理由もない、ただの勘だった。

 けれど、私はその勘を、不思議と外れる事がないと、確信していた。

 


 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ