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Si je tombe dans l'amour avec vous  作者: 篠宮 梢
第五幕:信じあい、助け合い、支え合い、愛し合うと言う事
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♪、65 明かされる、過去①

ついに乱入者が判明。

 しくしくと、静かでいて上品な嗚咽に、私の閉ざされていた意識が急浮上するのが、客観的に見て取れた。


 その嗚咽の持ち主は、私が瞼を億劫気に押し上げると、ますますその瞳から大きな涙の粒を流して、声を震わせた。


 でも一度向けられた狂気が、何かの罠だと、私を注意深くさせる。

 この人も、結局はあの人達と同じなのだと。


 そんな疑心暗鬼に駆られた私を見て、その人は小さく『ごめんなさい』と、呟いた。

 それはとてもとても申し訳なさそうに。

 でも。


「口先だけで、謝ってもらいたくなんてありません、綾橋の奥様?」


 私に何の恨みがあって、何の根拠があって・・・。


 あぁ、そう言えば根拠なんて最初からなかったんだ・・・。

 おかしいわね、判ってたはずでしょ?吉乃。

 所詮私の味方は自分しかいないって。


 私が黒い感情に半ば支配されかけた時、そこから救い出すように、智がソファーから優しく起こしてくれた。


「大丈夫だ。母さんには、いや、これからは誰からにも決して吉乃には手出しさせないから。」


「・・・、人は簡単に裏切るわ・・・。ひろ君もそうだったもの」


 智の言葉に頼もしく思いながらも、暗い過去を引きづる私に、智は苦笑した。

 そして、ひろ君か、と、小さく呟いたかと思えば。


「そのひろ君も事情があったんだろう。今度、紘人にでも聞いてみろ。きっと苦虫を数百匹は噛みしめた顔で教えてくれるだろうさ。」


 私がそれに?マークを浮かべているのにも構わず、智は私を自分の膝に抱えあげたまま、実に愉快そうに可笑しげに笑った。


 ひとしきり笑った後、智は綾橋の奥様、つまり自分の母親に鋭い眼差しを向けた。


「俺達は当分あの家には帰らない。俺は俺の道を進む。アイツの、宗一の代わりになるつもりはもうない。

 それを認めてくれないのなら、俺は綾橋の家を出て、綾橋の性を棄てる。」


「さ、智、」


「もうウンザリなんだよ。昼も夜も関係なく、会社と従業員の事だけ考える生活は。俺に自由は無いのか?俺にはプライベートは無いのか?」


 まるでこれまでの鬱憤を晴らすかの様な言葉の羅列に、私はおろか、綾橋の奥様も茫然としていた。


「これまでは吉乃との生活を守るため、吉乃に良い生活を送らせる為だと、好きでも無い女の誘いを受けて、情報を聞き出して、それを利用して・・・。その度どんなに俺が死にたくなったか、きっと母さん達には判らないだろう。判っていれば、吉乃は今より苦しまずに済んでいたはずだ。」


 ギュウーッと強められた腕の力に、私は少し苦しさを感じたけれど、それに対して文句を言う事は出来なかった。


 きっと、今の智は、今の私以上にとても辛くて苦しいだろうから。


「知らなかった、気付かなかったでは済まされないんだよ。知らないというのは、時として罪であり、最大の禁忌だ。それを許される存在は、この世には存在していない。無知は罪なんだよ。母さん。」


 抱きしめられていなければ、きっと気付けなかっただろう智の身体の震え。


 智は今、自分をも責め、断罪している。

 

 その苦しみから救いだせるのは多分、私ではなく、きっと智自身。

 他人ヒトから許された、と思いたいのは、弱い自分から逃げる為。

 本当に強い人は、人にそれを求めない。


 それを解っていながら出来ない私は、智より弱くて、意気地がないから。

 虚勢を張るのは、そうしなければ生きていけないから。

 強がるのは、そうしなければ膝をついて泣き叫び、底のない沼にハマり、動けなくなるから。


「今は会社に復帰することも考えたくもないし、考えられない。けど、いつかは・・・、」


 私を見るその瞳は、何処か迷うように揺れていた。

 けど、私が意識的に微笑めば。


「いつかは戻れればいいと思ってる。その時は俺を俺として、『宗一』としてではなく『智』として受け入れてくれたら嬉しい。」


 強い覚悟が汲み取れる言葉に、私は彼なら大丈夫だと思った。

 そして、そんな智の次の言葉に、私は驚きを通り越し、頭が真っ白になっていた。


「宗一の遺した万菜は、――俺の唯一無二の姪は、吉乃が許してくれさえすれば、俺が引き取る。万季といたら万菜は壊れる。」


 万菜ちゃんが、智の姪・・・?

 ああ、それにしても、宗一って誰?


 いきなりの急展開に、私はついていけなくて、考えられなくて、思わず音をあげ、無意識に言葉を漏らしていた。


 その時の智の顔は、一生忘れられない。

続く・・・。

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