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Si je tombe dans l'amour avec vous  作者: 篠宮 梢
第五幕:信じあい、助け合い、支え合い、愛し合うと言う事
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♪、53 孤独

ぁー、やっと吉乃視点だよぅ。


 息が苦しい、身体が冷たい、寂しい・・・。



 ゆるゆると重い瞼を上げ、瞳を開けば、ここにいる筈のない人がいた。


 どうしてだとか、久しぶりとか、逢いたかっただとか、そんな陳腐で安い言葉なんて思いつかなかった。

 感じたのは、思ったのは、【今更】と言う感情。


 三流ドラマか、ありがちな恋愛小説なら、涙を流し、抱擁を交わすシーンだろうが、生憎と今の私にはそんな思いは無い。


 私は視界に入っていた人から意図的に視線を外し、色々なチューブや管に繋がれた自分の身体を呪わしく思いながら、少しだけ動く手でお腹を撫でてみて、愕然とした。


(え・・・?)


 どうして真っ平らなんだろうか。さっきまでは確かにここで息づいていたのに。


 何度も確かめる様に撫でるが、結果は変わらない。


「どうして・・・?あの子は・・・?あの子は何処にいったの・・・?」


 可愛い、愛しい、私の最初で最後の子。

 欲しくて、欲しくて、本当に私の最後の希望だったあの子は。


「・・・、目が覚めたのか!?」


「ねぇ、何処にいったの?知ってるんでしょ?」


 目覚めたかどうかなんてみれば解るだろうに。そんな事も一々言わなければ解らないのだろうか。それより大切な事があるのに。


 問いかけた答えを待つ間、ピっ、ピっ、と、規則正しく鳴る心電図の音が、やけに耳に付く。


「良かった・・・。どうやら峠は越えた様ね?」


 失礼するわね、と、酷く安堵したような表情を浮かべた先生が、あの人を押しやるよう退かし、脈をとり、美しい笑みを湛えたかと思えば。


「良く頑張ったわね。子供は今回は残念だったけど、まだチャンスはあるわ。気を落さないで?」


 知らされた真実に、私の心は深い悲しみに襲われた。


 そんなのってない、そんな事、信じたくない。なんて、言えなかった。

 頭が、心が、感情を曝け出す事を拒否していたから。


 例え今、愛してると言われても、嬉しいなんて思えないし、思うワケもない。

 もし言われたとしても、私は返事を返さない。


 だって、今の私が必要としているのは・・・。


「済まない、吉乃。俺が、」


「何が、済まないの・・・?」


 そうよ。どうしてあなたが私に謝るワケ?

 あなたは私に何か悪い事でもしたの?

 違うわよね?

 なのに、どうしてそんな辛そうな顔で、何度も謝るの?


 ――本当に辛いのは、私なのに!!


 そう感じた途端、私は先生に無理を承知の上で、身体を起こして貰う様に頼み、少しだけと言う条件付きで起こして貰い、久方ぶりに智と向きあった。


 言ってやりたい事、伝えたい事があったから。

 だと言うのに、彼は本当に無神経で、相変わらずだった。


「ねぇ、なんでそんなに謝るの・・・?私はあなたを責めてなんかないのに。」


「吉乃、今回の事は、いや、これまでの事は、これから一生を掛けて、償うから、」


 ――償う。


 そう、そうなの。

 あなたは私に償わなければならないと感じ、思っている訳ね?

 でもそれはあくまでも、私に対してだけよね?


(そんなの要らないッ!!)


 子供を失った喪失感と孤独が混じり合い、ドロドロと黒くなっていくのを感じながら、私は鼻で嗤ってやった。(その時の笑みは、本当に恐ろしい程に凄絶だった。と、後に散々聞かせられる羽目になるほど凄かったらしい。)


「償いたければ、お一人でどうぞ?あぁ、それより私の事などもう忘れて下さっても良いんですよ?私なんか忘れて、ご結婚でもしたらどうです?」


「吉乃、」


「気安く、吉乃、なんて呼ばないで下さい。貴方の顔なんて金輪際、一瞬たりとも見たくありません。出て行って!!」


 一度破裂した風船は、二度と元のようには戻れない。

 いくら固めたとはいえ、砂で作ったお城は、波に呑まれてしまえば跡形なく消えてしまう。

 

 それと同じように私の心は乱れ、荒れていく。


 

 グッ、と枕を掴み、顔を狙って投げる。


 謝罪なんかいらない。

 償いも要らない。

 私が欲しかったのはそんなのじゃない。

 勿論、慰めなんかでもなかった。


 欲しかったのは・・・。


「あなたの、あなたなんかの子供なんて、孕むんじゃなかった。この人でなし!!」


 ただ一言、あの子に謝って欲しかった。


 守れなくて、ごめん。

 気付いて、助けてやれなくて、ごめん、と。


 私が手のつけようもないほど癇癪を起したのを見て、これ以上は危険だと判断したのか、先生は嘗ては私の夫であった人を、半ば強引に引き摺る様にして、部屋から出っていいた。


 後に残されたのは、絶望にくれ、涙を流し続ける私と、私が暴れた事でぐちゃぐちゃに乱れた部屋だけ。




 誰も知らない。

 一度絶望を味わった人間が、何を望み、どんな事をするのかを。


 だから、先生も私を一人にした。


 深い闇と、絶望と言う名の、奈落の底に落ちた私を一人だけを残して・・・。


補足事項。


吉乃が目を醒ましたのは夜明け前です。

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